2024年8月16日
論説委員しずおか文化談話室

【「奈緒ちゃんシリーズ」伊勢真一監督インタビュー】てんかんの姪が50歳に。対象を50年間見続けた、異色のドキュメンタリー

てんかんと知的障害のある西村奈緒さんの生活を、叔父である映画監督の伊勢真一さんが追ったドキュメンタリー「奈緒ちゃんシリーズ」の第6作「大好き~奈緒ちゃんとお母さんの50年~」が、8月16~22日に静岡市葵区の静岡シネ・ギャラリーで上映される。約半世紀にわたる映像素材を編集し、50歳を迎えた奈緒さんと母信子さん(81)のやり取りが生々しく、ほほ笑ましく伝わる作品に仕上げた。(聞き手=論説委員・橋爪充) 

家族がテーマのドキュメンタリー

-新作は生後6カ月でてんかんの診断を受けた奈緒ちゃんが50歳の誕生日を迎えた場面で始まります。2018年公開の「やさしくなあに~奈緒ちゃんと家族の35年~」から6年後。シリーズ5作目をこのタイミングで世に問う意味とは何でしょうか。

(伊勢監督)奈緒ちゃんは、生まれたときから長くは生きないと言われていました。4歳に静岡のてんかん専門病院で病名を知らされて、本格的な治療が始まりました。最初は奈緒ちゃんの家族にプレゼントしようと思って撮影を始めたんです。でも、スタッフも含めて面白くなってきちゃって。奈緒ちゃんとその家族が魅力的だったから。

1995年に第1作「奈緒ちゃん」の上映を始めて、その後も家族が(障害者が働く)作業所をつくったり、奈緒ちゃんの弟がスタッフになったり、奈緒ちゃんがグループホームに行ったり。僕らはそれに寄り添うことをずっとやってきた。

ところが3年ぐらい前、お母さん(信子さん)が心臓の病気になって。自分はもう長くないと言って「終活」を始めたんです。その後、僕自身もがんになった。

ずっと撮り続けたものをちゃんとした形でまとめておきたい、という気持ちが強まりました。奈緒ちゃんはもちろん、お母さんもがんばって生きてきた。それを伝えようと思いました。

―伊勢監督は20本以上のドキュメンタリー映画を手がけています。2022年の「いまはむかし-父・ジャワ・幻のフィルム」では第2次大戦中に国策映画を手掛け、インドネシアでプロパガンダに関わった父をテーマにしていますね。「大好き」の西村奈緒さんはめいに当たります。映画監督という立場で、家族にカメラを向けることに、葛藤はないのでしょうか。

(伊勢監督)これは「50年の記憶」なんです。客観報道、客観性とはちょっと違う。「記録」というより「記憶」。記憶ってときどき事実と違っていたり、誤解していたり、いろんなことがあるわけじゃないですか。でもそれでいい。むしろそれをしっかり映像に残していく。そうすることで、作品を見る人の記憶につながっていくと思います。

―ドキュメンタリーといえば多くの場合、第三者性が問われます。カメラは客観的な立場で対象に向き合わなくてはいけない。映像作家にとって、家族は難しい主題だと思うのですが、いかがでしょうか。

(伊勢監督)
客観性は必要です。でもそこからこぼれ落ちるものもあります。それを自分の目で見つめていく。たった一つの場所、人を見つめ続ける。そこから世界が、今が見えてくる。そういうメッセージを含んでいるんです。

-「被写体」の西村家の人々が、撮影の時間が経過するに従ってカメラを意識しなくなっていますよね。カメラがあるからと飾ることをしていない。「作為のない映像」を撮れているという実感があったのではないですか。

(伊勢監督)今回はこれまでのシリーズとは違って、お母さんにスポットを当てています。お母さんはよく「奈緒ちゃんに教えられた」と言うんですが、育てていく中で培われた言葉をカメラの前で吐露する。

質問を何もしなくても、カメラとマイクを立てると話が始まる。この自然さは、話を聞いてほしいという思いが強くあったんだと思います。

定点撮影で見えてくるもの

―撮影中、カメラの前で奈緒さんが発作を起こす場面があります。それでもカメラを止めませんでした。監督という立場の一方で、身内としての心情もある。葛藤はありませんでしたか。

(伊勢監督)35年目ぐらいかな。初めて発作を起こしました。それまでずっと、インパクトが強い映像を撮るためにやっているんじゃない、という突っ張りがありましたが、このときは違った。

自分に都合よく聞こえるかもしれませんが、これを意識して撮らない、使わないということの方が、奈緒ちゃんに対して失礼だと思いました。35年撮り続けたからこそ、そう思えるようになった気がします。あの場面は、時間が取らせてくれたんです。

-小さい頃、20代、50代とたびたび誕生日パーティーの場面を差し込んでいます。定点的に見せることで、彼女なりの成長を伝えたかったのでしょうか。

(伊勢監督)定点撮影ですね。こっちが動くといろんなものが撮れるけれど、変化は伝わりにくい。でも、同じ場所で撮影する、同じテーマを掘り続けると、対象の変化が見えてくる。映画を見ている人たちにとっても、実感につながっていると思います。


<DATA>
■静岡シネ・ギャラリー
住所:静岡県静岡市葵区御幸町11-14 サールナートホール3階
※8月18日午後2時半からの上映終了後、伊勢真一監督、西村信子さんの舞台挨拶がある。映画の観覧料が必要。

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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