2025年9月3日
シズサカ編集部

<静岡サッカーの主役たち> 低迷クラブを上位争いに定着させた清水エスパルス初のOB指揮官・長谷川健太監督



【スポーツライター・望月文夫】
Jリーグ草創期から清水エスパルスで輝いた「清水三羽烏」の一人、長谷川健太氏が古巣の監督に就任したのは2005年だった。1999年には現役を引退し、テレビ解説者などを継続しながら2000年には浜松大(現常葉大)サッカー部監督に。そこで指導経験を積んでいたが同時期に古巣が低迷し、輝きを取り戻すことを託された就任だった。

クラブOB初の監督という話題性に加え、小学生時代から全国の頂点に立ち続けた地元出身のレジェンド指揮官誕生に周囲の期待は膨らんだ。チームが始動すると、練習場には多くのサポーターが駆け付け、現役時代を彷彿とさせる「健太コール」でエール。クラブの低迷でやや下降気味だった地元の熱は、レジェンドの登場で再び上昇曲線を描いた。

1年目は残留争いも天皇杯準V

「チームを優勝させたいという強い思いで戻ってきた」。OB指揮官の意欲は十分だったが、前年(2004年)まで2年連続で年間2桁順位だったチームが、就任1年目から上位争いできるほど甘くはなかった。リーグ戦開幕から未勝利のまま第6節終了時には最下位に沈み、待ちに待った初勝利は第7節だった。

待望の1勝で波に乗ると、そこから公式戦9戦連続無敗。そのまま上昇に転じるかと期待されたが、再び黒星が先行する。それでも崖っぷちで踏ん張り、リーグ終盤まで続いた厳しい残留争いから解放されたのは、ホーム最終戦となった第33節だった。

救世主は途中加入したFWマルキーニョスだった。国内複数クラブで結果を残してきた点取り屋は、「自分の役割は理解している」と第20節から出場し、14試合で9得点と期待通りに量産。得点した7試合は5勝1分と勝ち点獲得に大きく貢献し、指揮官も「彼がいなければ降格した可能性もあった」と感謝を口にした。

浦和との天皇杯決勝=2006年1月1日


勢いは直後の天皇杯でも続く。マルキーニョスらの活躍で決勝にコマを進めると、相手は後にACL(アジアチャンピオンズリーグ)を制し、続くクラブW杯でも3位に入った強豪浦和だった。指揮官はFW岡崎慎司ら調子を上げてきたルーキー4人を先発で起用。結局1−2で惜敗したが互角の戦いぶりで、「思っていたより動けたし、チャンスもつくった」と若手は胸を張り、チームとして自信という財産を手に入れた。

恐れられた“地獄”の砂浜ダッシュ

そもそも長谷川監督が目指すサッカーは堅守速攻だ。素早い攻守の切り替えから全員でゴールを奪いとるため、ベースとして走力や持久力を求めた。そこで、浜松大監督時代にもともに戦った元陸上100メートル五輪代表の杉本龍勇氏をフィジカルコーチで招聘。選手から恐れられた「地獄の砂浜走」など、走るメニューを増やして効果を上げた。そのベースに若手の成長、天皇杯準優勝の自信などが上乗せされ、以降の快進撃へとつないだ。

砂浜ダッシュで選手を鼓舞する杉本フィジカルコーチ(右)


就任1年目の生みの苦しみから一転、2年目の2006年はリーグ戦3連勝で幕を開け、一度も2桁順位まで下がらず、目標とした5位以内をクリアし4位で終了。翌年も1桁順位を維持したまま4位で終え、チームの上位争いを定着させた。

すると期待への裏返しか、翌2008年序盤に3連敗したホームでの試合後にサポーターが暴走。選手バスが囲まれ試合後数時間足止めされ、監督自ら説得して事態を終息した。それでもチームは大崩れせず、「厳しい目も含め周囲の期待や応援でさらにやる気になった」と、その後も上昇へと加速していった。

ホーム22試合連続無敗

「夏に強いエスパルス」「ホームで強いエスパルス」というフレーズがメディアを賑わせたのもこの頃だ。走り負けないサッカーで暑い夏でも高い勝率を維持。上位争いで増加する入場者の熱い声援にも後押しされ、2009年には前年からのリーグ戦ホーム連続無敗記録を「22」(当時3位)まで伸ばした。

勢いのままに、就任5年目の2009年第28節には10年ぶりにリーグ戦で首位奪取。さらに監督最終年となった翌2010年も、W杯開催での中断前まで首位を独走。ともに直後に失速し、それぞれ7位と6位で終えたが、確実にチームは輝きを取り戻した。

「悔いが残っているとすれば、一つもタイトルが獲れなかったこと」

天皇杯準優勝で選手をねぎらう長谷川監督=2011年1月1日


クラブ史上最長の6年間指揮を執ったレジェンド監督は「カップ戦に強いエスパルス」という称号も加えた。ナビスコ(現ルヴァン)杯では2008年の準優勝を含めベスト8以上を4回、天皇杯では毎年ベスト8以上にコマを進め準優勝が2回。リーグ戦と合わせ6年連続で賞金を獲得する偉業も達成した。

そんな6年間を自身も振り返った。「悔いが残っているとすれば、一つもタイトルが獲れなかったことだけど、6年も指揮が執れて幸せだったし、大きな財産になった」。その思いはサポーターにも届いた。J発足時から見守るベテランサポーターは「常に優勝を意識したワクワクの6年だった。ありがとう」と感謝を口にした。

清水退任後はガンバ大阪、FC東京、名古屋でも指揮を執り、多くのタイトルを手にしてきた。そしてもう一つ勲章が増える。西野朗氏の持つ監督でのJ1最多勝利数270を2025シーズン中にも超える。

【スポーツライター・望月文夫】
1958年静岡市生まれ。出版社時代に編集記者としてサッカー誌『ストライカー』を創刊。その後フリーとなり、サッカー誌『サッカーグランプリ』、スポーツ誌『ナンバー』、スポーツ新聞などにも長く執筆。テレビ局のスポーツイベント、IT企業のスポーツサイトにも参加し、サッカー、陸上を中心に取材歴は43年目に突入。

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