2024年4月21日
河治良幸

サッカージャーナリスト河治良幸

真のプロフェッショナルにして偉大なキャプテン。長谷部誠(藤枝東高出身)がサッカー界に残してきた軌跡


長谷部誠を一言で表すなら「真のプロフェッショナル」が相応しいだろうか・・・。いや、彼が残してきた足跡はもちろん、その中で示してきた姿勢や振る舞いをシンプルなワードに収めることは不可能だ。

長谷部は地元の藤枝東高から浦和レッズで5年半を過ごして、2008年にドイツに渡ると、ヴォルフスブルク、ニュルンベルク、フランクフルトと3クラブで17シーズンを過ごし、日本人選手の価値を高めてきた。元々は攻撃的なMFだったが、時にサイドバックなども経験しながら、徐々に万能型のボランチとしてのイメージを定着させていった。

長谷部のキャリアに大きく影響を与えたのが、フランクフルト移籍から3年目の2016−17シーズンでのことだった。第9節のボルシア・メンヒェングラートバッハ戦で、当時のニコ・コバチ監督が長谷部を3バックの中央で起用すると、獅子奮迅の活躍で無失点に抑えた。以降、高い統率力や幅広いカバーリング、機を見た攻撃参加などでチームを勝利に導く姿から、現地でも「カイザー(皇帝)」の異名をとるようになった。

その万能性もさることながら、突然のポジション変更にも全く不満を口にすることなく、ベストのプレーを心がける長谷部の姿勢が、指揮官をはじめとしたフランクフルトの関係者の胸を打ったという。

ときには本来のボランチでプレーすることもあったが、リベロとも呼ばれるポジションでの成功が、長谷部が40歳まで欧州サッカーの第一線で活躍する一つの要因になったことは間違いない。

キャプテンという立場が長谷部を育てた

クラブレベルでの息の長い活躍と並行し、長谷部は日本代表として2010、2014、2018年のワールドカップ(W杯)3大会でキャプテンを担い、「日本代表のキャプテンといえば長谷部」というイメージを定着させていった。


もっとも南アフリカW杯の直前、当時の岡田武史監督から突然ゲームキャプテン(チームキャプテンはGKの川口能活)に指名された時は「なんで俺が」という心境だったという。

確かに真面目でまっすぐな向上心が目に付く選手ではあったが、キャプテン像がそのまま当てはまるような印象はなかったし、筆者に限らず代表メディアの多くも驚いたはず。

しかし、「立場が人を育てる」というが、そこからグラウンドでも選手を鼓舞したり、率先して若手選手とコミュニケーションを取ったりと、キャプテンとして責任感のある振る舞いが目立つようになった。メディアに対する受け答えもキャプテンのそれになっていった。

2014年のブラジルW杯で日本代表を率いたアルベルト・ザッケローニ監督は長谷部の現役引退を受け、「私にとって“完璧なキャプテン”です。彼の豊かな人間性、優雅な立ち居振る舞い、常に正しい判断力は、まさにリーダーたるもので、30年間にわたる私の監督のキャリアの中でも比類なきものでした。彼と一緒に仕事をすれば、私のメッセージは正確に適切な形で選手たちに伝えられ、チーム内でのコミュニケーションが建設的なものになりました」と振り返っている。

「プレッシャーは経験のあるものが背負う」

2017年3月に行われたロシアW杯最終予選でのこと。長谷部はアウエーUAE戦を前に、ブンデスリーガの試合でゴールポストに直撃し両足を負傷した。一旦代表に合流したが、メディカルチェックでプレーできる状態ではないと分かると、仲間たちにメッセージを伝えて離脱した。

これが2010年の南アフリカW杯から初めて”キャプテン長谷部”を欠く試合となったが、代わりにキャプテンマークを託された吉田麻也を中心にチームが奮起して、2−0の勝利を収めた。その時に吉田は「長谷部さんのためにも勝たないといけなかったですし。正直言うと、長谷部さんがいなくて負けたと言われたくなかった」と語っている。

あるとき、長谷部はこんなことを言ったことがある。「若い選手たちには伸び伸びとやってほしい。何もプレッシャーを感じることなく。プレッシャーは経験ある者が背負うものだと思うし、とにかく思い切りやってチームをかき回すじゃないですけど、いい意味で刺激を与えてほしい」。今も印象に残っているコメントだ。

色あせない功績

ロシアW杯でベスト16進出を支えた後、長谷部は自身のSNSで代表引退を表明した。「クラブとは違い、いつ誰が選ばれるかわからないところであるので、このように発信する事は自分本位である事は承知しています」と前置きした上で、それまで全身全霊を捧げてきた日の丸に区切りを付け、残りのキャリアを一人のサッカー選手としてやり切るという長谷部なりの覚悟を示した。日本代表、そして何より長谷部自身が前に進んでいくための大きな決断だった。

もちろん代表引退を惜しむ声は絶えなかったし、日本代表が負けたり、チーム状態が下向きになったりするたびに”長谷部待望論”が白熱した。それは日本代表でも偉大な存在だったことの証だ。

日本代表を退いてからも日本サッカーのトップランナーとしてあり続けた長谷部のこれまでの功績が色あせることはないが、ここから次のステージで新たな輝きを放っていくことを期待してやまない。まずは残された現役生活を思い切り楽しんでもらいたい。






タグマのウェブマガジン「サッカーの羅針盤」を運営。サッカー専門新聞「エル・ゴラッソ」の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。世界中を飛び回り、プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。

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