2025年7月27日
論説委員しずおか文化談話室

【ELIONEさん(沼津市出身)の新アルバム「Just Live For Today」】つくりものではない。うわべだけでは決してない。ヒップホップへの信頼と崇敬の中に咲く「篤実」の花

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は、2025年7月2日に配信リリースされたラッパー、プロデューサーのELIONEさん(沼津市出身)の6枚目アルバム「Just Live For Today」を題材に。

ヒップホップとは一見縁遠いかもしれない。しかし、このアルバムはまさに一言で表現できる。

篤実。

辞書を引くと「情があり誠実なこと」あるいは「思いやりがありまじめであること」と書いてある。ELIONEさんの「Just Live For Today」のリリックやサウンドの「篤実」は、「つくりもの」の香りがしない。うわべだけの歌詞には聞こえない。白々しさが一切ない。

2012年に上京し、何もつてがないところからラッパーとして自立し、人気を得た。ABEMAのオリジナルドラマ「警視庁麻薬取締課 MOGURA」を見ていたら、俳優として出演していて度肝を抜かれた。同作ではエグゼクティヴ・プロデュースも担当している。沼津を起点にしたヒップホップ・サクセスストーリーは続いている。

 筆者は彼のプロフィールを知り、過去作も聴いている人間だが、まっさらな状態でこのアルバムに触れても受ける印象は変わらないだろう。今作で一番心に染みたリリックは次の部分だ。

「食えなかった時/ブレなかった時/悔しくて夜も眠れなかった時/ワタルと住んでた3DK/ボロボロのアパートでさんピンCAMP/今だけを見ては/妬んでる奴ら/俺がどんな奴かって、知ってるか?」(By My Side)

「ああ、知ってるよ」と思わず応えたくなる。1990年代半ばに日本のヒップホップシーンの頂点を極めたイベントの映像を見ながら、仲間と将来への夢と野望をたぎらせていた20代の彼は、その時もそれ以降も、スポーツの世界で言うところの「自分にベクトルを向ける」ことを決して忘れなかったのだろう。

「俺が決める Lifesize/小さくまとまんな/誰がどうとかくだらない/Hatersは口だけだ/格好付けてない/普段通り」(LIFE SIZE feat.G-k.i.d )
「Life is shortだろ『今、何時?』/やらない理由探し要らないし/踏んできたRhymeがマイレージ」(Rocket)
「人生楽しまねぇ奴ら マジなんで?/イチイチ気にしねぇ 外野の小言」(景気)

ヒップホップと言えば、他人をあしざまに言う「ディス」「ビーフ」をまず連想する人は少なくないだろう。ELIONEさんの作品に、その要素が皆無であるとは言わない。ただ、どちらかといえば「そんな暇あったら自分を磨く」タイプなのだろう。

筆者は50代だが、ひたすら背中を押された。野球やバスケットボールなどチームスポーツの大事な試合の前のロッカールームに自分がいて、円陣を組んでいるような気分になった。キャプテンの言葉の一つ一つが胸に刺さる。そんな情景が浮かんだ。人生これからだ。ヒップホップはユースカルチャーという狭い枠にとどまる存在ではないことを、はっきり感じさせられた。

BACHLOGICさんのフル・プロデュース体制で作られた2枚目のアルバム。15曲収録されているが、2023年の5作目「So Far So Good」以上に、サウンドのバリエーションに富んでいる。スナップのきいたスネアが印象的なオーセンティックなヒップホップビートの「Guess Who’s Back feat.BACHLOGIC」。レゲエのフレーバーが感じられる「LIFE SIZE feat.G-k.i.d 」。1980年代のシンセ音が響くスイートソウルな「No No」。聴いていてニヤリとさせられる楽曲がそろう。

一番驚いたのはニュージャック・スイングの「We Don’t Care feat.Masato Hayashi,vividboooy 」か。ロールするスネアの音をバックに歌われる「俺は俺のやり方」の価値観が胸を打つ。アルバム全体を通して、ヒップホップへの信頼と崇敬、音楽への感謝が強く感じられた。

(は)

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

エンタメ
暮らし
沼津市

あなたにおすすめの記事

  • ​【GREEN KIDS(磐田市)の初アルバム「CONCRETE GREEN」】「辺境」の「辺境」から届くラップ。彼らの存在そのものがヒップホップである

    ​【GREEN KIDS(磐田市)の初アルバム「CONCRETE GREEN」】「辺境」の「辺境」から届くラップ。彼らの存在そのものがヒップホップである

    論説委員しずおか文化談話室

    #エンタメ
    #暮らし
    #磐田市
  • 【ヒップホップの誕生日】ヒップホップ発展の礎は浜松の楽器メーカーだった!ローランドのTR-808 、通称「ヤオヤ」

    【ヒップホップの誕生日】ヒップホップ発展の礎は浜松の楽器メーカーだった!ローランドのTR-808 、通称「ヤオヤ」

    SBSラジオ ゴゴボラケ

    #暮らし
    #エンタメ
    #県内アートさんぽ
    #浜松市
  • ヒップホップ界のレジェンドGAKU-MCさんが「俺は音楽をやるためにサッカーをやめるんだ」と決意した高校時代

    ヒップホップ界のレジェンドGAKU-MCさんが「俺は音楽をやるためにサッカーをやめるんだ」と決意した高校時代

    SBSラジオ FooTALK!

    #サッカー
    #スポーツ
  • 【GAKU-MCさんインタビュー】コロナ禍を経て完成。10作目のオリジナルアルバム「Master of Ceremonies」の制作を振り返る

    【GAKU-MCさんインタビュー】コロナ禍を経て完成。10作目のオリジナルアルバム「Master of Ceremonies」の制作を振り返る

    論説委員しずおか文化談話室

    #エンタメ
    #おでかけ
    #静岡市
  • 【tha BOSSの最新アルバム「IN THE NAME OF HIPHOP Ⅱ」】 「頂」への特別な思い

    【tha BOSSの最新アルバム「IN THE NAME OF HIPHOP Ⅱ」】 「頂」への特別な思い

    静岡新聞教育文化部

    #県内アートさんぽ
    #エンタメ
  • 【herpianoの新作アルバム「Three」】 ギターポップの粋を集めた名曲

    【herpianoの新作アルバム「Three」】 ギターポップの粋を集めた名曲

    論説委員しずおか文化談話室

    #エンタメ
    #静岡市
  • 【イベント】これって、フェスじゃん。今週4/20(土)沼津市戸田のビーチで「Head for Heda -2024」が開催されるそう。テント泊もできるって。御浜岬公園。(沼津市戸田)

    【イベント】これって、フェスじゃん。今週4/20(土)沼津市戸田のビーチで「Head for Heda -2024」が開催されるそう。テント泊もできるって。御浜岬公園。(沼津市戸田)

    ぬまつー

    #イベント
    #沼津市
  • 【KMCさんの「I'M A FISHERMAN'S SON... POINT OF NO RETURN」】0548が市外局番

    【KMCさんの「I'M A FISHERMAN'S SON... POINT OF NO RETURN」】0548が市外局番

    静岡新聞教育文化部

    #県内アートさんぽ
    #エンタメ
  • 【「CADILLAC」の新アルバム「3MOBILES」】見事な曲順、3分ソング

    【「CADILLAC」の新アルバム「3MOBILES」】見事な曲順、3分ソング

    静岡新聞教育文化部

    #県内アートさんぽ
    #エンタメ
  • 【シンガー・ソングライター高野寛さんインタビュー】新アルバム、新刊を同時期に発表。YMOへの憧憬と愛着

    【シンガー・ソングライター高野寛さんインタビュー】新アルバム、新刊を同時期に発表。YMOへの憧憬と愛着

    論説委員しずおか文化談話室

    #エンタメ
    #暮らし
    #浜松市
    #沼津市
    #三島市