2025年8月18日
論説委員しずおか文化談話室

【芦屋市立美術博物館の企画展「具体美術協会と芦屋、その後」】静岡県立美術館コレクションでおなじみの「具体美術協会」の成り立ちを知る

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は兵庫県芦屋市の芦屋市立美術博物館で8月31日まで開催中の企画展「具体美術協会と芦屋、その後」を題材に。

静岡県立美術館のコレクション展で見かけるたびに、「何だこれは!」と思わされる作品がある。白髪一雄の「屋島」(1965年)。182.0×227.0センチの大キャンバスに大量の絵の具がべったりと塗りつけられている。絵肌、というか絵の表面が、ケバケバしい絵の具ででこぼこしている。キャプションを読み、これが天井からのロープにぶら下がって足で描いたものと知り、二度びっくりする。

白髪一雄がどういう人物か調べると、1950年代半ばに兵庫県芦屋市で結成された前衛美術グループの一員らしい。名を「具体美術協会」という。吉原治良という人物が中心で、主要メンバーは嶋本昭三、白髪一雄、村上三郎、金山明、元永定正、田中敦子…。ちょっと待てよ。吉原治良、元永定正、田中敦子は確か、静岡県美に作品があったはず。

白髪一雄「どうぞお入り下さい」

収蔵品リストを見たら、確かに彼らの名前が連なっていた。同様に作品が収蔵されている向井修二も「具体」のメンバーで、菅井汲は吉原治良の教え子らしい。具体美術協会とは無関係だが、芦屋で没した小出楢重の作品もコレクションに入っている。

「具体」関係の作品の収蔵年度をみると、意外にも元永定正の「作品」が最も古く1984年度。コレクション展の〝千両役者〟とも言える白髪一雄「屋島」は1985年度、田中敦子「1985A」は1989年度である。芦屋の〝総帥〟吉原治良の「work」が収蔵年度としては一番新しく、1996年度にコレクション入りしている。

元永定正「液体(赤)

静岡と芦屋。まるで縁がないように見える、この二つの街の作品を通じた奇妙なつながりはいったい何なのだ。静岡県美には具体美術協会、あるいは芦屋に執着した学芸員がいたのだろうか。2001年には田中敦子の個展も開かれている。

正直なところ、コラムを書く上で取材をしていないので、本当のところは分からない。ただ、「具体」についてのさまざまなテキストを読むと、1950~70年代の芦屋にはやたらに面白いことを考える若者が多数いたことは間違いないようだ。

そんなことを考えながら、7月5日から芦屋市立美術博物館で開かれている、その名もずばりの企画展「具体美術協会と芦屋、その後」に足を運んだ。

「芸術新潮」(1956年12月)に掲載した吉原治良の「具体美術宣言」

「ひとの真似をするな、今までに無いものをつくれ」という吉原の思想に基づいて、1954年から吉原が亡くなる1972年まで芦屋市を中心に活動した「具体」は、海外でも高く評価された。展覧会は、その道のりを主要作品を交えて紹介し、解散後のインパクト、各種のアートフェスティバルや芸術祭にまで言及していた。相当な気合いが入った年表に驚かされたし、作品一つ一つのインパクトにも圧倒された。これは本当に半世紀以上前の作品なのか? 内包された力が伝わってくる。

具体美術協会発行の雑誌「具体」(一番右が創刊号)

どうしても「静岡つながり」の作家の作品をじっくり見てしまう。吉原治良「作品」(1958年)はまるでかさぶたのような絵肌が生々しい。白髪一雄「地(サツ)星鎮三山」(1961年)、田中敦子「作品」(1960年)はそれぞれが静岡県美所蔵作品のプロトタイプのようにも感じられる。

各作品が、どこでもドアに見えた。まるで静岡にいざなっているようだ。静岡県美と「具体」の関係、いずれ解き明かしてみたい。

(は)

<DATA>
■芦屋市立美術博物館「具体美術協会と芦屋、その後」
住所:兵庫県芦屋市伊勢町12-25  
開館:午前10時~午後5時
休館日:月曜日(休日の場合は開館。翌平日休館)
観覧料(当日):一般900円、高校・大学生 500円 、中学生以下無料
会期:8月31日(日)まで

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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