2025年9月5日

浜松市民が無自覚な方言!? 「来れば」なんて読む?
8月19日は富士市かりがね堤のひまわり畑へ。ところが、時季を過ぎ、ひまわりは一様に花びらを落とし下を向いていた。
そのとき鬼頭さんから出た言葉は…

「もう少し早くこれば、一面黄色の景色が…」と残念がる鬼頭さん。
「これば」! 浜松市出身者からよくこぼれ出る表現である。共通語では「早く来(く)れば」と言うところだ。静岡県中部で「これば」は聞かない。
鬼頭さんに指摘すると「くれば、と、これば、どっちが正しいか分からなくなる。くればの方が瞬間的に違和感があるので、こればと言ったと思う」と振り返った。
わざと方言を使ったのではない。むしろ誤りを避けようとして、無意識に使える地元言葉が選ばれた。
先月は、もう一回「これば」を耳にした。女性ディレクターが「ここにこれば、◯◯さんのスケジュールが分かると思って…」と、私のデスクにやってきたときだ。彼女は旧浜北市出身である。
以前聞いて覚えているのは、いずれも浜松市旧南区出身の2人の男性ディレクターの発言だ。一人は番組出演者との電話で、もう一人は社外の人も加わる会議で、「これば」と言ったのを私は見逃さなかった。ともに、できるだけフォーマルに話そうとしていた場面である。そこに割って入ってくる「これば」は、彼らの頭の中で方言扱いされていないはずだ。
話し言葉の活用は全国的に中学校の国語で習う。
動詞「来る」は、未然形「こ(ない)」、連用形「き(ます)」、終止形「くる」、連体形「くる(とき)」、仮定形「くれ(ば)」、命令形「こい」となる。「これば」は、伊豆南部でも使うようだし、湖西を通って愛知県にも広がるから、浜松の専売特許ではないが、「来る」の仮定形は、「これ(ば)」だと、浜松では教えるのだろうか?浜松市教育委員会に問い合わせた。
回答が「はい。そうです」なら、かなりのスクープだったが、「来る」の仮定形は「くれ(ば)」だと、子どもたちに授業で伝えるという。東京や大阪、静岡市とも何ら教え方は変わらない。では、その時浜松の中学では、教室はざわつくのだろうか?「先生、こればじゃないんですか?!」「今まで、家に遊びにこればいいじゃんって友達を誘ってました。」と、涙ぐむ生徒もいるのだろうか?
浜松市教委の中学校国語担当に聞くと、そのような驚きの反応は全然ないと言う。「来るは、カ行変格活用で特別だよと教えるので、くればも“特別”の中身として紛れるのでしょうか」と、やや心もとない。「先生は、これば、が方言だといつ気づいたのですか?」と問うと、「なんなら今かも…」という返事に驚いた。
アナウンサーや、国語の教師といった、日本語のプロと言われる人たちも無自覚に使ったり、聞き流したりする「これば」は、浜松の人に細胞レベルで染み込んでいるのだろう。
「〜だに」「やらまいか」といった、市の内外で知られる代表的な浜松弁ではないので、まず、浜松の人たちに方言だという感覚がない。だから、浜松人同士で「これば」を使っても、誰もなまっているとも、古臭いとも言わない。一方、静岡人にとっては、前もっての知識がないから「これば」が不意に現れると、「〜だに」と言われるより、はるかにびっくりする。
罪なことを書いている。使い手が方言だと気づいていないからこそ「これば」は、ひっそりと、かつ、たくましく、ここまで生き延びてきたのだ。なのに今回「これば」を取り上げたことは、貴重でおいしい、自生きのこの在りかを宣伝したようなもので、悪くすると根絶やしのきっかけになってしまう。読み終わったら、「これば」が方言で「くれば」が共通語であるという小さな違いなど忘れてほしい。どちらを使っても確実に通じるから。
文:SBSアナウンサー・野路毅彦
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