2026年3月31日

<高校野球>3元号で甲子園勝利、聖隷クリストファー上村敏正監督が退任へ「夏、甲子園に行き、私の役目は終わったかなと」
野球部スタッフには昨秋の東海大会準決勝を終えた段階で説明し、選手には春季静岡県大会予選が始まる直前の3月16日に伝えたという。監督としての采配は3月15日の練習試合が最後。3月20日から始まった県大会予選はベンチに入らず、後任の田中公隆副部長が指揮を執っている。
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昨夏の全国高校野球選手権静岡大会で優勝し、甲子園での戦いを終えたころから徐々に気持ちを固めていたという。
「夏が終わって、冬まで休みなく両方(校長と監督)を務めるのは苦しいなと思ってました。両方をきちんとやらないと済まないタイプなので」
野球部スタッフからは「せめて夏までは」と慰留され、ベンチに入ると采配を任せようと思っても「気になって口出ししてしまう」。
葛藤もあったが、最後は「(エースの)高部(陸投手)がいる間に渡してやらないと、というのが強かったですね」と、新体制へのスムーズな移行を考慮した。
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浜松商高3年の夏に捕手として甲子園の土を踏んだ。指導者となり、母校の監督として夏は1984、1988、1990年、春は1985、1986、1990、1993年の計7回、掛川西を率いた2009年春も聖地に導いた。一度は現場を退いたが2017年秋に聖隷の監督として7年ぶりに現場復帰。昨夏、計9度目の甲子園出場を果たした。昭和、平成、令和の3元号で甲子園勝利。「頭とハートを使う」緻密な野球を信条とし、〝小粒〟でも徹底力で強豪を上回るチームを毎年作り上げた。
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2022年は、秋の東海大会で準優勝し、選抜出場が有力視されながら落選。チームの総合力より個々の力を重視するような選考理由が物議を醸し、全国に波紋を広げた。
「本当はその時に辞めようと思ったんです。でも女房に反対されてね。『今辞めたら選手が困る。せめて(2022年の)夏までは続けるべき』って言われたんですよ」と振り返る。昨夏の戦いを終えた後、体調を気遣う家族からも退任を後押しされたという。「(昨年の)夏、甲子園に行けて、私の役目は終わったかなと思いました」と静かに語った。
(編集局ニュースセンター・結城啓子)
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