2026年4月2日

【くるりの新アルバム『儚くも美しき12の変奏』】伊豆スタジオ録音盤。前作とは全く異なる感触の楽曲群
(文・写真/論説委員・橋爪充 CD写真/写真部・久保田竜平)

映画『くるりのえいが』の撮影を前提にした前作『感覚は道標』(2023年)に続き、伊東市の伊豆スタジオで録音した。ドラム、ベース、ギターを基調にしたシンプルな編成、構成の楽曲がほとんどの『感覚は道標』とは対照的に、『儚くも美しき12の変奏』はこのバンドの持つ多面性と、懐の広さが精緻なアレンジで表現されている。
ギターロックバンドとしてのたたずまいを基軸とした前作に比べると、変幻自在に姿を変える音楽ユニットとしての顔が強く感じられる。オーソドックスと変格の振れ幅の大きさを感じさせるという意味では、『ワルツを踊れ Tanz Walzer』(2007年)と『魂のゆくえ』(2009)ぐらいの「びっくり」がある。1997年11月のインディーズデビュー以来、これで何度目のメタモルフォーゼ(変身、変態)だろうか。
フロントマンの岸田繁さんが細かくスコアを書いたという今作は、実にさまざまな音が鳴っている。耳の澄まし甲斐があるアルバムだ。特に興味深いのが1曲目『たまにおもうこと』で、酔っぱらいの戯れ言のようなせりふの数々の後ろでうっすらとギター、バンジョー、鍵盤、波の音、ティンホイッスルが鳴っている。サウンドコラージュのようだが、各パートの有機的なつながりが感じられる。
歌メロと並行して進むホルンの旋律がすてきな2曲目『Regulus』、転調に転調を重ねる3曲目『金星』と続き、4曲目のフォーク調の『瀬戸の内』では後半から差し込まれる清明なソプラノサックスに耳を奪われる。
前作では3人バンドとしてカチッと作っていたが、今回は楽曲によって編成やメンバーがずいぶん違う。驚かされるのはドラマーの顔ぶれの多様さで、あらきゆうこさん、石若駿さんといったくるりではおなじみの奏者を筆頭に7人が関わっている。そのうちの一人は、岸田さん本人である。くるりというバンドを「ハブ」として、さまざまなドラマーが集う。ドラムパートを聞き分けるのが楽しい。
楽曲と奏者はバラエティーに富んでいるが、アルバムとしてまとまりがないわけではない。サウンドエンジニアの腕なのだろうが、静岡県民としては「伊豆スタジオ」で録ったから、ということにもしておきたい。2011年に現地を取材したことがあるが、このスタジオは1977年完成で、「キティ伊豆スタジオ」名義だった1970年代から1980年代にかけては、安全地帯、RCサクセション、高中正義さんらがここで代表作を録音した。私が足を運んだ時は隣接する宿泊棟に寝室6部屋があって、浴室の蛇口をひねると天然温泉が流れ出るというぜいたくな環境だった。
ミリオンセラーを記録した井上陽水さんの『氷の世界』(1973年)のディレクターだった多賀英典さんに、ポリドールレコードが褒賞として贈ったと伝え聞く。東京近郊以外につくられた、日本初の「リゾートスタジオ」である。安全地帯のメンバーは1981年に北海道旭川市から上京し、まずはここに住まいを定めたという。
来年で完成から半世紀。日本の録音スタジオの中でも「古株」に入るのではないか。それでもなお、こうしてくるりの最新作のようなみずみずしい音を届けてくれる。
そんな事を書きながら、もう一度『儚くも美しき12の変奏』のブックレットに目を凝らしたら、2011年の記事で名前が出てくるエンジニアの濱野泰政さんがクレジットされていた。優れたスタジオには優れたエンジニアがいるものなのだ。
15年前の記事にある、濱野さんのコメントで締めよう。
「ミュージシャンが『せーの』で出した音がぶつかって、人の心を動かす音楽が生まれる。こういう“マジック”を起こせるスタジオは数少ない」
静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。
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