2024年10月27日

【五十嵐耕平監督「SUPER HAPPY FOREVER」】 何でもない会話から伝わる幸福

2023年8月19日、静岡県・熱川温泉のホテルにやってきた佐野(佐野弘樹)と宮田(宮田佳典)。5年前の同じ日、2人はここで後に佐野の妻となる凪(山本奈衣瑠)に出会っていた。
その凪は2023年8月19日の場面に姿がない。その少し前に急死した。全身から喪失感がにじむ佐野。半ば自暴自棄になりながら、宮田の支えを得ながら東伊豆周辺を歩く佐野の頭にあるのは、出会った日に凪にプレゼントした赤いキャップ。翌日に「なくした」と告げられたキャップの行方は-。
心にぽっかり空いた穴。大切な人を亡くした心の混乱。前半の佐野の痛々しい表情と行動とは打って変わり、後半は「ボーイ・ミーツ・ガール」の夢のような楽しさが際立つ。この落差こそ「人生」なのか。
五十嵐監督は知り合ったばかりの男女が距離を縮めていく過程にある、「ちょっとしたこと」を描くのが抜群にうまい。偶然の出会いから親しくなった佐野と凪はその日の夜、クラブに出かける。「おなかが減った」と言って、コンビニでお湯を入れたカップラーメンを駐車場に座ってすする2人。
「3分たった」「ホントに?」「うわー」「おいしい」「最高だ」「ちょっとくれる?」
何という「何でもない会話」だろう。ただ画面を見つめるこちらには、胸が締め付けられるほどの幸福感が伝わってくる。
それは、この場面の前にその後のカタストロフを描いているからこそ生まれるものかもしれない。だが一方で、これは若き日に多くの人が経験した甘美な感情の交歓でもあるだろう。先の対話の後に続くせりふが、心に染み渡る。
「カップラーメンでこんなに幸せになれるなら、永遠に幸せでいられる」 (は)
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※県内のその他の上映館。10月27日時点
シネプラザサントムーン(清水町)
静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。
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