2025年9月16日

【映画「ふつうの子ども」の呉美保監督の舞台あいさつ】「子どもがかわいい。でも社会の闇を描く。そういう映画、実は日本にないんじゃないかと」
「そこのみにて光輝く」「きみはいい子」の呉美保監督、脚本家・高田亮さんのコラボレーション3作目。ハズレがない監督と、ハズレがない脚本家が一緒に作った映画はやはり当たりだった。身もふたもないが、つまりそういうことだ。
小学校4年生の教室で生まれた、ちょっと普通ではない一件を描く。10歳男子がちょっと気になる女子とお近づきになろうとして、ちょっと大きめの「ヤケド」をする話。女子は環境問題に関心があり、
スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんばりの行動派で、男子はそれに引きずられていく。

大きめの「ヤケド」なのに、最初から最後までユーモアに満ちていて、決して深刻にならない。でも、女子の真剣さに打たれて、なぜだか涙が出る。脚本、演技に全く無理がないから、彼ら彼女らが近所の子どもたちのように思えてくる。
彼らはタイトルにあるような「ふつうの子ども」ではない。だが、虚飾を捨て、素顔の自分をさらすクライマックスはいとおしさが募る。そして余韻が長い。この感情は普遍的なものであるはずだ。
上映終了後、舞台に登場した呉監督のトークをお届けする。聞き手は静岡シネ・ギャラリーの川口澄生副館長。
(作品製作の経緯を教えてください)
2022年の夏前にプロデューサーさん(菅野和佳奈さん)からお話をいただいて。すでにプロットは作られていたんです。菅野さんは、グレタ・トゥンベリさんの国連のスピーチが全世界の大人に子どもが宣戦布告しているように感じて「こういう子どもが日本にいたらどうだろう」と。もう一つ(の要素)がショーン・ベイカー監督が「フロリダ・プロジェクト」。みずみずしい子どもの姿をドキュメンタリーのように扱っていて、その中で街や社会の根底にある問題、社会のゆがみを突きつけていた。
子どもがかわいい。でも社会の闇を描く。そういう映画、実は日本にないんじゃないかと。「ザ・虐待」「ザ・貧困」で、ただただ子どもが暗い表情をしている映画はいろいろあるけれど、子どもって実はそうじゃないですよね。目の前のことを短絡的に追っかけていく。
本作はそうしたことが企画段階で示されていて、私はぜひやりたいと。それでお引き受けしました。

(「きみはいい子」に続いて子どもを扱う作品です。子育てをする中で子どもの見え方は変わりましたか?)
10年前に長男が生まれ、今は5歳の次男もいます。「きみはいい子」は一つの街を舞台にした群像劇で、子どもがいる環境を自分なりの誠実さで撮りました。その後の育児を通じても感じたことは、子どもは毎日、大人の斜め上、斜め下、まるで想像もしていないような行動をするんです。幸せをくれたり、ヒヤヒヤさせられたり。枠にはまらないのが子どもの良さだと10年ずっと感じてきました。
「ふつうの子ども」はある意味アンサー映画ですね。自分が見てきた目の前の子どもの日々を、高田さんがエンターテインメントにしてくれた。(製作時の)2022年の段階では高田さんの息子さんが小学校4年生だったんです。脚本は粘土をこねるように細かく作っていったんですが、お互いの子どものエピソードを雑談も含めて言い合っていました。
こういう人いるよね、ああいう人いるよね、とか。親同士の付き合いも含めての「子育てあるある」です。そうすると子どもがいるいないに関わらず、大人の社会と子どもの社会って地続きだと気付くんですね。子どもは感情がダイレクトに出るが、じゃあ大人はそういう時にどうするのかとか。俯瞰で見ながら「あるある」を注いでいく脚本作りでした。
(前半はハンドカメラを使った寄りが中心ですね。また音にも特徴がある作品です。心がけた点を教えてください)
子どもって集中しているものしか見ていないんですよね。音に関してもやりたかったディテールがありました。子どもって、例えば4人いたら4人同時にしゃべるじゃないですか。誰が聞き手で誰が話し手か分からない。話が解決せずに終わっていく。けんかが始まったと思ったら、1分後には終わってる。ジェットコースターのような人間関係ですね。
そんな(彼らの)音をどう表現するか。苦労しましたね。この作品、絵(映像)と音を分けて撮っているんです。絵をOKにした後に、子どもたちに同じシーンの同じせりふをもう一度話してもらった。現場で声の素材をとっておいて、編集ではめていったんです。
声の素材を聞くと誰かが後ろでずっとしゃべっている。そんな、何層にもなんそうにも裏に人がいるこの声を並べる編集作業は地獄でしたね(笑)

(「ふつうの子ども」というタイトルはどう決まったんですか?)
「大人は判ってくれない」「うちの子にかぎって…」といった、どこかで聞いたようなタイトル候補がいろいろありましたね。みんなに聞いていく中で、ロバート・レッドフォード監督の「普通の人々」からヒントを得ました。
いろんな人生があって、ちょっとしたことで人間関係が変わっていく。「ふつう」とあえて入れると、そこにひっかかるわけです。「何それ?」って。高田さんと私の映画なんだから「ふつう」であるはずがないでしょと。そんな意味合いも込めています。
<DATA>※県内の上映館。9月16日時点
静岡シネ・ギャラリー(静岡市葵区)
シネマイーラ(浜松市中央区)

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。
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