2025年5月21日
論説委員しずおか文化談話室

【映画「太陽(ティダ)の運命」の佐古忠彦監督の舞台あいさつ】 正反対の立場だった2人の沖縄県知事がいつしか同じ道に。大田昌秀氏、翁長雄志氏の映像と証言

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は5月18日に静岡市葵区の静岡シネ・ギャラリーで行われた「太陽(ティダ)の運命」の佐古忠彦監督の舞台あいさつを題材に。(文・写真=論説委員・橋爪充)

沖縄の現代史をテーマにした佐古監督の映画は4作目。今作の“主役”は本土復帰後の第4代県知事大田昌秀氏(任期1990~98年)と、第7代県知事翁長雄志氏(任期2014~18年)である。元大学教員で革新系の大田氏と、県議として大田知事と激しく対峙しながら、後に保革を超えた「オール沖縄」の代表として県のトップに立つ翁長氏。この作品は、もともと正反対の立場だった二人が、いつしか同じ道を歩むようになったことを、映像と証言ではっきり示している。

キーワードは「米軍普天間基地の辺野古移設反対」である。本作では県知事が日本政府首脳、あるいは米政府高官と直接折衝に乗り出す場面が幾度となく映し出される。交渉の過程から浮かび上がるのは、日米両政府の「沖縄軽視」の姿勢だ。時を経るにつれ、二人の県知事の顔に苦悩が刻まれていく。

二人の道が重なるに至った背景には、それぞれの沖縄戦の経験があるだろう。地上戦の戦場になったウチナーンチュ(沖縄人)の考え方を、私たちはもっと深く学ばなければならない。

上映終了後、軽やかに舞台に登場した佐古監督は、長年テレビの世界で生きてきただけあって、的確に言葉を探り当てる人だった。自分がなぜ沖縄に関心を寄せ続けるのかについて、分かりやすく語った。以下、佐古監督の話に耳を傾けてもらいたい。聞き手は静岡シネ・ギャラリーの川口澄生副館長。

(監督4作目の映画で大田昌秀知事と翁長雄志知事に焦点を当てたのはなぜですか?)

(劇場用映画初作の)「米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー」は2017年の映画でした。もう8年前になります。あの作品は、(米占領下の沖縄で「沖縄人民党」を率い、那覇市長、衆院議員を務めた瀬長)亀次郎と民衆が一体 となって日本復帰を果たした道のりでしたが、その先の世界がどうだったのか、はよく議論になります。いわゆる現代史の文脈ですよね。

沖縄が本土復帰して50年以上たつわけですが、やはりこの国と沖縄の関係を象徴的に表すのは、そのうちの30年を占める(米軍普天間基地の)辺野古(への移設)を巡る歴史だと思います。沖縄県知事という存在は、その中で多くの決断を下さなくてはならない。日本の知事47人の中でも、これほど苦悩を抱えている立場はないだろうと。

その苦悩を通して(辺野古を巡る)30年を眺めると、さまざまなものが見えてくるのではないか。特に辺野古問題の起点にいた大田知事、そして辺野古を当初は推進しながらもその辺野古に苦悩して、任期途中で亡くなった翁長知事は欠かせない存在だろうと思いました。

二人の関係を(映画で)ご覧いただいて、驚かれた方も多かったでしょう。正反対の立場だったのに言葉や歩みがどんどん重なっていく。一体なぜなのか。ここにこそ沖縄の歴史があり、日本が沖縄にどう接してきたかの答えがあるんだろうと思います。

(「太陽の運命」というタイトルに込めた思いは?)

スタッフとの議論の中で「太陽(ティダ)っていう言葉は沖縄の象徴的なものを感じるよね」という話があって。ティダを調べてみると、琉球王国時代にはリーダーを表す言葉でもあったんです。これはまます象徴的だなと思いました。

初代沖縄県知事の屋良朝苗さんの「本土復帰の日」(1972年5月15日)の日記の中には「運命」という言葉がたくさん出てくる。まさに「ティダ」の運命。大田さんと翁長さんの二人を通して見える沖縄の運命そのものであると思えてきました。リーダーの、そして沖縄そのものの運命、という意味も込めてタイトルにしました。

(制作する際に気を配ったことは?)

今回は私たち(TBS)系列の琉球放送の仲間たちと共同制作になりました。共に取材し、議論し、酒を酌み交わす仲間たち。まず最初にやったのは、その琉球放送の映像ライブラリーという部屋にこもらせてもらって、30年分の映像を総ざらえすることでした。そうすると、(作品に)入れたい場面ばかりで。取捨選択に苦しむ時間がずいぶん長かったと思います。

事実を積み上げながら、どういった人に改めて証言証言してもらうべきなのか。それとともに大田さん、翁長さんの人ドラマをいかにドキュメンタリーの中に編み込んでいくのか。一番、心を砕いたところでしたね。

(佐古監督にとって沖縄県知事とはどういう存在でしょうか?)

私が沖縄に関わるきっかけになったのは、やはり(NEWS23で)筑紫哲也さんの横に座り、番組をともに作っていたことでした。スタッフルームで「私たちはなぜ沖縄に行くんだろうか」という話をしていたら、筑紫さんは「沖縄に行けば日本が見える。この国の矛盾がいっぱい詰まっている」と言った。その言葉がずっと心の中にある。じゃあ、沖縄から日本を見たどう見えるのか、ということにもなるんです。 

(映画の中に)大田さんと(当時総理大臣補佐官だった)岡本行夫さんのNEWS23での対談場面があります。1人の命と100人の命の価値の話が出てきますが、あれはそのまま日本の人口比で1%の沖縄と99%の「沖縄県外」という構図にそのまま当てはまるんですね。つまり、多数決で物事が決まるのであれば、1%と99%はずっと少数派と多数派。確かに民主主義ではあるけれど、1%の上に99%の多数派がずっとあぐらをかきつづけている状態でもある。これが本当に民主的と言えるだろうか、という気分はどうしてもあります。

沖縄は民主主義のありようを問うていると思うんですよね。彼らはアメリカの圧政の中で、民主主義を一つ一つ勝ち取ってきた。民主主義を求め続けなければならない現状の中で、「民主主義を諦めない場所」とも言える。その象徴が沖縄県知事なのではないか。そんなことを思ったりしますね。

<DATA>※県内の上映館。5月21日時点
静岡シネ・ギャラリー(静岡市葵区、29日まで)

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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