2025年1月21日
論説委員しずおか文化談話室

​【「小学校~それは小さな社会~」の山崎エマ監督舞台挨拶】 「教育界と一般社会をつなぐ機会をいただいた」

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡市葵区の静岡シネ・ギャラリーで19日に行われた映画「小学校~それは小さな社会~」の山崎エマ監督の上映後舞台挨拶を題材に。

教育大国とされるフィンランドで4カ月のロングランヒットを記録し、高い評価を得た本作は、東京都世田谷区の公立小学校で1年間、密着取材したドキュメンタリー。日本人には当たり前に思える、クラス単位で整然と生活する子どもたちのありようを映し出す。

「教育大国が、日本の教育システムに注目している」という構図は、ある種のセンセーションを呼んでいるようだ。式典での統率された振る舞い、学びの場である教室を自分たちで清掃するならわし、自分たちで配膳し決められた時間内に食べ終える給食、教師と児童の親密な関係性などは、確かに日本ではない国の教育関係者にとっては驚きかもしれない。

本作にそうした「発見」を喚起する力があることは間違いない。ただ、半ば身構えて鑑賞した筆者の心に残ったのは、児童と児童、児童と先生、先生と先生の極めて人間くさいエピソードの数々だ。

「算数カード」が見つからない友だちに「さんすうかあど みつかるといいね」と手紙を書く1年生女子。クラス選挙で図書委員になれなかった男子にその場所を譲る女子。新1年生を迎える「第九」の奏者を募る楽隊オーディションでシンバルを任されるも、うまく演奏できず涙する女子。卒業式の直前に同僚の礼服のネクタイを直しぽんと肩をたたく教師。「教育」とは結局のところ、人と人のアナログな付き合いの中から「答え」らしきものを見つけようとする営みだと、気づかされる。

上映後、大きな拍手で迎えられた山崎監督は、次のように語った。

「大学から(米国の)ニューヨーク。編集助手からスタートしましたが、現場で『すごい頑張りますね』『時間守りますね』と言われて、これは自分がどうとかより、日本人であることが理由じゃないかって。どうしてこうなったかを振り返ったら、大阪での小学校生活6年間にあると思い至りました」

10年前に構想し、小学校で150日間4000時間を過ごし、撮りためた700時間の映像を編集して99分の作品にまとめた。膨大な素材から「いいとこ取り」をしているため、一つ一つの場面がとてもテンポよく進む。

「私とカメラさん、音声さんの3人がずっと教室にいるから、特に1年生はこういう人たちが学校にいるのが当たり前だと思ったんじゃないかな。教育には正解がないけれど、何かを乗り越える経験、というのを多めに入れたつもりではあります」

教師の多忙化や不登校児童の増加など、現場の課題も認識しつつ、日本の小学校教育を「役に立つことを教わるシステム」と捉える。

「教育界と一般社会をつなぐ機会をいただいた。日本は掃除、日直、学級会といった『生活面も教育』という考え方。そこが世界で注目されている。映像と音の体験を通して、気付きのきっかけになればいい」

(は)

<DATA>※県内の上映館。1月20日時点
静岡シネ・ギャラリー(静岡市葵区、1月30日まで)
シネマイーラ(浜松市中央区、2月7日~) 

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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