2025年4月29日
論説委員しずおか文化談話室

【SPACの「うなぎの回遊 Eel Migration」(仮題)オープンスタジオ】 完成までの「途中経過」をあえて見せる。SPACの新しい挑戦。ブラジル系住民との対話を通じて創作

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡市駿河区の舞台芸術公園で4月29日に開かれた静岡県舞台芸術センター(SPAC)の新作「うなぎの回遊 Eel Migration」(仮題)の「オープンスタジオ」を題材に。

「うなぎの回遊 Eel Migration」(仮題)オープンスタジオの冒頭場面。右はプロジェクトリーダー石神夏希さん

4月26日に開幕した「SHIZUOKAせかい演劇祭」を主催するSPACだが、すでに来年の作品に取りかかっている。2025年度「秋のシーズン」のアーティスティック・ディレクターに指名された劇作家石神夏希さんがプロジェクトリーダーを務める「うなぎの回遊 Eel Migration」(仮題)は、来年のせかい演劇祭での上演を目指す。

公募で集まった県西部のブラジルにルーツを持つ住民を交え、オリジナル作品を作るという同プロジェクト。台本・演出は石神さんが担当する。静岡県民になじみ深いウナギの生態についてのリサーチを踏まえた「移動と生殖」が台本のテーマになるという。

「オープンスタジオ」は完成前の作品のエッセンスを小規模のパフォーマンスで表現しようというもの。企画の協力者やメディア関係者約40人が招待された。石神さんは上演前、「このプロジェクトの誕生日。卵がふ化した日。これから作品が成長する姿を見守ってほしい。一緒に旅をする仲間になってくれれば」と話した。

ブラジル系住民5人とSPACの俳優ら5人は2日前に舞台芸術公園に入り、合宿形式のワークショップでこの日のパフォーマンスを練り上げたという。ウナギの一生と、出演者の死生観をせりふに落とし込み、鑑賞者とともに移動しながら演目を進めた。野外劇場「有度」でスタートし、稽古場棟「BOXシアター」で終幕。ラストはトーンチャイム、スティールパン、マリンバによるポリリズミックな全員合奏で、照明を落とした薄暗い空間にウナギが産卵する深海を現出させた。

終演後、出演者、石神さん、音楽担当の棚川寛子さんを交えた意見交換の場が設けられた。石神さんは「集まってくれたブラジルの方々のバックグラウンドを織り込みながらフィクションをつくっていく」と台本の構想の一端を示した。2026年2月に浜松市内でワーク・イン・プログレス(制作途中のプレゼンテーション)を行い、5月のせかい演劇祭で完成形を示す計画。使用言語も日本語とポルトガル語を交えたものになりそうだ。


今作の創作における特異な点は、あらかじめ脚本がある作品に地域住民を俳優として当てはめるのではないことだ。集まった住民たちとの個別、あるいはグループによる対話を通じて脚本が形作られ、演劇そのものが出来上がっていく。1年間という長い時間を費やして、一つの作品を結実させる。

2025年4月29日のオープンスタジオで見たパフォーマンスが、完成作品に生かされているかもしれない。あるいは、跡形もないかもしれない。ともかく、プロジェクトはユニットとして本格的にスタートした。「途中経過」をあえて見せるという、SPACの新しい試みに注目していきたい。

(は)

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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