2025年5月27日
論説委員しずおか文化談話室

【関和亮監督「かくかくしかじか」】 永野芽郁さんが着用する「3ライン」に目を奪われる

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は5月16日から沼津市のシネマサンシャイン沼津、静岡市葵区のシネシティザート、浜松市中央区のTOHOシネマズ浜松などで上映中の関和亮監督「かくかくしかじか」を題材に。漫画家東村アキコさんの自伝的漫画を永野芽郁さん主演で映画化。関監督は永野さん出演の「地獄の花園」(2021年)も手がけている。

絵画教室を営む異端の「絵描き」日高先生(大泉洋さん)の「描け!」という叱咤が、全編にとどろく。「手を動かしてなんぼ」という日高先生の価値観は「記事を書いてなんぼ」の記者職に通じるものがあり、ちょっとしたシンパシーを感じた。

映画は東村さん本人が脚本を書いているだけに、ほぼ原作どおりに進んでいく。漫画の主人公「林明子」のお気楽かつ無責任なキャラクターを、永野さんが実に無理なく演じていて感心した。でっぱりやへこみがない、輪郭線もほぼ一致する「明子」ぶり。特に高校時代の日高先生に遭遇する前の、能天気に美大を目指している時期、「私って才能あるんじゃないの」と言わんばかりの得意げな表情は永野さんの真骨頂だろう。

原作の読者にとって新鮮なのは、モノクロの漫画にはなかった色彩の豊かさだろう。特に「明子」が着用するカラフルなジャージーの数々に目を奪われる。ほとんどがアディダスブランドとお見受けした。

冒頭に出てくるのはオレンジ地にフラワープリントのモデル。メルカリで同モデルを見つけたが、どうやら「ロデオクラウンズ」とのコラボレーション商品らしい。大人向けジャージー、といったところか。

オレンジ地にシンプルなシルバーの3ラインが映える1着は高校時代から大学卒業後まで着用している。漫画家として成功して以降の場面では、黒地にユリなど白い花々が乱舞するモデルも登場する。かなりインパクトがある。永野さんは、ほとんどの場面でこれらのジップアップジャージーを首まで閉じている。顔のシャープさを際立たせる演出だろう。

原作漫画のジャージー着用率がどうだったか。実はそれほど多くない。2012年初版発行のコミック第1巻では、冒頭に現在の東村アキコさんのジャージー着用の後ろ姿が出てくるが、これ以降の「明子」はほとんど制服かパーカである。映画の印象的な場面の一つでもある、日高先生におんぶしてもらう場面も制服だ。

「明子」のジャージー姿は第3巻収録の17話まで出てこない。大学を卒業後、就職先がないまま故郷の宮崎に舞い戻る局面である。同じ第3巻の21話では、日高先生と同じモデルとおぼしきジャージーを着てスマートフォンを眺める場面がある。このジャージーは第4巻28話の2014年の場面でも着用している。第5巻の30話では、黒地に白ユリのジャージーを着用。東村さんが実際に愛用しているのではないか。

スタイリッシュな3ラインジャージーの一方で、日高先生は漫画に出てくるとおり、ブランド不明の「2ライン」で終始押し通す。この徹底ぶりは、彼の「ブレない」性格を強く印象づける。服装に構わず描き続け、教え続けるストイックさの象徴と言える。それは、この映画のテーマの一つでもある。

(は)

<DATA>※県内の上映館。5月27日時点
ジョイランドシネマみしま(三島市)
シネプラザサントムーン(清水町)
シネマサンシャイン沼津(沼津市)
シネマサンシャインららぽーと沼津(沼津市) 
イオンシネマ富士宮(富士宮市)
MOVIX清水(静岡市清水区)
シネシティザート(静岡市葵区)
藤枝シネ・プレーゴ(藤枝市)
TOHOシネマズららぽーと磐田(磐田市)
TOHOシネマズサンストリート浜北(浜松市浜名区)
TOHOシネマズ浜松(浜松市中央区)

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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