2025年2月8日
論説委員しずおか文化談話室

【塚原あゆ子監督「ファーストキス 1ST KISS」】 45歳を巧みに演じる松村北斗さん

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は2月7日にシネマサンシャインららぽーと沼津(沼津市)、シネシティザート(静岡市葵区)などで上映が始まった塚原あゆ子監督「ファーストキス 1ST KISS」を題材に。松村北斗さん(島田市出身)、松たか子さんが主演。脚本は坂元裕二さん。

「ラストマイル」「グランメゾン・パリ」などの塚原監督が、「花束みたいな恋をした」「怪物」などの坂元さん脚本で映画を作る。ハズレであるはずがない。期待通りの佳作だった。

亡くなった夫と出会った時間、場所にタイムスリップする妻。妻は結婚する前の夫への愛情を再確認し、夫の事故死を回避しようとさまざま手を尽くす。果たして夫の運命を変えることができるのか。

物語は極めてシンプルだ。大切な人を亡くした喪失感と回復。どこかで聞いたことがある話のような気もする。だが、着地点は予測できない。塚原さん、坂元さんのコンビは、「足かせ」にもなり得るオーソドックスな設定をあえて持ち込んでいる。面白いものを作れる、という自負があるからこそだろう。

悲劇が出発点ではあるが、「お涙頂戴」の気配は一切ない。誰も大仰に泣いたり叫んだりしない。でも悲しみや寂しさ、悔しさはいやというほど伝わる。見ているうちに何気ない日常の幸せとは何か、について思いを巡らせてしまう。目の前のスクリーンで繰り広げられる夫婦のドラマとは別に、自分の中に別の物語が芽生えていく。

松村さん、松さんは、夫婦2人の29歳から45歳までを演じている。29歳同士の会話、29歳と45歳の会話、45歳同士の会話が、全て異なるニュアンスで表現されている。45歳の松さんがタイムスリップして29歳の松村さんと話をするが、ある時から敬語をやめて「ため口」になる。ここで世界の見え方がガラッと変わる。アクセルが踏まれ、物語のテンポが上がる。まさに坂元脚本の妙味と言えよう。

現在29歳の松村さんが45歳を演じる場面も非常に興味深い。声のトーンが少し下がり、相手を糾弾するような口調が強まる。姿勢も少し前かがみになっているだろうか。「中年くささ」を見事に演じていて驚いた。

優河さんのエンディングテーマが秀逸。空中にふわりと浮かぶような歌声は、「幸せ」のはかなさや尊さを実感させる。

(は)

<DATA>※県内の上映館。2月8日時点
シネプラザサントムーン(清水町)
シネマサンシャインららぽーと沼津(沼津市)
イオンシネマ富士宮(富士宮市)
MOVIX清水(静岡市清水区)
シネシティザート(静岡市葵区)
藤枝シネプレーゴ(藤枝市)
TOHOシネマズららぽーと磐田(磐田市)
TOHOシネマズ浜松(浜松市中央区)
TOHOシネマズサンストリート浜北(浜松市浜名区)

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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