2025年6月7日
論説委員しずおか文化談話室

【ひばりBOOKSの「小さなローカル出版社フェア」トークイベント】ひとり出版社は商店街での「生産活動」

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は6月7日に静岡市葵区のひばりBOOKSで開かれた「小さなローカル出版社フェア」のトークイベントを題材に。

いつからだろう。「ひとり出版社」という言葉をよく耳にするようになった。肌感覚では「独立系書店」の少し後から広がったような気がする。

ひばりBOOKSは5月13日から、この「ひとり出版社」の本を並べたフェアを開催している。昨年に続く2回目という。7日のトークには、フェアに参加した各出版社の代表が顔をそろえた。

ゲストは横浜市港北区で書店と出版社を運営する「三輪舎」の中岡祐介代表。東急東横線妙蓮寺駅の商店街にある石堂書店を引き継ぎ、その向かいに別の書店「本屋生活綴方」をオープンさせ、さらに出版レーベルも走らせている。この世界のトップランナーである。聞き手役は県内から子鹿社(伊東市)の田辺詩野さん、富士宮市の朝霧高原に立地する虹霓社(こうげいしゃ)の古屋淳二さんが務めた。2人とも「ひとり出版社」である。

三輪舎の「生活綴方出版部」は理想科学工業の印刷機「リソグラフ」で印刷し、人力で製本する。これまでにZINEやエッセー集などを60~70種発刊したという。

印刷会社の大規模な印刷機を使うと「2千部は発行しないと安い単価で販売できない」。だが、リソグラフ方式ならもっと小さい規模で本が出せる。個人の出版物は200~300部が当たり前。蛍光ピンクなどの特色がはっきり出ること、面付けをやってくれることも、この機械の優れた特徴だそうだ。

人気のエッセーシリーズ「私の生活改善運動」はVOLUME4まで出ていて、累計2万部ほど売れたという。近年では10人の執筆者が自分のアルバイト経験を書いた「文集・バイト」も好調で「2000部ぐらい行っているんじゃないかな」

書店と出版社の二足のわらじを履く中岡さんは、もちろん「本が好き」が原点にあるが、ビジネスの組み立てにも十分注意を払う。自社出版物は、一般に流通する本より粗利率が格段に高いのが強みだ。「原価計算して、(発行部数の)半分売れたら元が取れるというのを冷静に考えなくてはいけない」

こうした業態を作り上げていった過程やその理由に話が及んだ。中岡さんはこんなことを言っていた。

「本屋の再建のためには何か違うことをしなきゃと。それで考えたんです。商店街は生活の街、消費の街だから、生産活動もセットで行われているとさらに楽しい街になるんじゃないかって。知的生産でもいい。そうすると、何がてこになるかと言えば印刷機だったんですね」

本を出すこと=生産活動。この発想は目からうろこだった。「本は限られた人にしか作れないわけではない。まず『作れるよ』と言う」。書き手の数が増えれば、生産物も比例的に増える。商店街の、本屋の価値向上のヒントはここにあるのかもしれない。

(は)

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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