2025年10月17日
論説委員しずおか文化談話室

【静岡県立美術館の「金曜ロードショーとジブリ展」】社会的事件、事象の中にジブリ作品を位置づける

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡市駿河区の静岡県立美術館で10月11日に開幕した「金曜ロードショーとジブリ展」を題材に。

2023年6月開幕の東京展を皮切りに、全国10カ所を巡る展覧会。平日昼に静岡県立美術館を訪れると、幅広い世代が多数来場していた。熟年夫婦、若い女性グループ、大学生と思われる男女3人組。「国民的」アニメの数々を作ってきたスタジオジブリの底力を見た。

展覧会は大まかに、二つのゾーンからなる。年代別にジブリ作品をたどるパネル展示ゾーンと、「風の谷のナウシカ 王蟲の世界」と題した大型の造形物が並ぶゾーンだ。既存の展示ケースは使わず、可動式の壁を複雑に組み合わせて観覧コースを作っている。展示室に入ると、ここが静岡県立美術館であることを忘れてしまうだろう。

最初に映像が流れる。スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーが、宮崎駿監督との出会い、日本テレビの映画番組「金曜ロードショー」との接点を語る。「となりのトトロ」は映画の興行としては低調だったが、金曜ロードショーの放映で人気に火が付いたという。映像は「トトロは“金ロー”のおかげで有名になった」という鈴木さんの手書きのメッセージで締めくくられる。

これに続くパネル展示部分は、スタジオジブリがスタートし、日本テレビが特別番組で「風の谷のナウシカ」を初放送した1985年が起点となる。以後、1年刻みの年表形式でジブリ作品の画像やストーリー、絵コンテ、金曜ロードショーで取り上げた映画のリスト、番組関係者のコメントを展示する。

特筆すべきは、作品群の紹介が「スタジオジブリの歴史」にとどまっていないことだ。作品よりもむしろ、その年の社会的な事件や事象についての記述や写真の方が多い。例えば1985年は、男女雇用機会均等法成立、阪神タイガース優勝、日航機墜落といった数多くのトピックの中に「『風の谷のナウシカ』初放送」がある。

この展示スタイルは、2024年に至るまで一貫していて、アニメ作品を紹介するパネルの周囲には、F1レーサーのアイルトン・セナ、ナタ・デ・ココ、湾岸戦争、英ダイアナ妃の事故死、朝鮮半島南北首脳会談など、世相を象徴する写真が多数置かれている。

展示を眺めていると、ジブリ作品それ自体が「社会現象」であり、世相を彩る要素に見えてくる。「もののけ姫」(1997年)が1420万人を動員し、興行収入196億円に達した、というエピソードを見るとそうした思いが一層強まる。

アカデミー賞長編アニメ賞に選ばれた「千と千尋の神隠し」(2001年)が2003年に初めて金曜ロードショーで放送された際、視聴率は46.9%に上ったという。放送の時間帯を振り返った関係者のコメントに「街中に人がいない感じ」とある。動画配信全盛の現在から見ると隔世の感がある。

ジブリ作品は常に「社会の事件」であり「世相の一つ」だった。本展を見終え、そうした感想を抱く人は少なくないはずだ。別の見方をすれば「一人一人の個人史の中にジブリ作品がある」とも言えるだろう。パネルを見る来場者は、壁に大書された西暦年を当時の自分の年齢に換算し、ジブリ作品を見た状況を思い起こしていたに違いない。これは「思い出を呼び起こす力」の強い展覧会だ。

造形物ゾーンは「風の谷のナウシカ」の「腐海」がリアルに表現されている。体長10メートル規模の「王蟲」に驚かされた。

(は)

<DATA>
■「金曜ロードショーとジブリ展」
会場:静岡県立美術館(静岡市駿河区谷田53-2)
開館:午前10時~午後5時半、夜間開館午前10時~午後8時※毎週土曜、10月12日(日)、11月2日(日)、23日(日)、2026年1月2日(金)~4日(日)
休館日:毎週月曜(祝日、振替休日と12月29日は除く)、12月30日(火)~2026年1月1日(木)
観覧料金:一般・大学生1900円、中・高校生1500円、70歳以上1000円、小学生以下無料
※土日祝日、12月23日(火)以降は日時指定予約制
会期:2026年1月4日(日)まで

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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