2026年4月14日
しずおか文化談話室

【静岡県立美術館の企画展「中村宏展 アナクロニズム(時代錯誤)のその先へ」図録】きょうから一般販売。中村さんとメキシコ絵画から頭に浮かんだ、とある県立美術館収蔵作品

静岡県のアートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡市駿河区の静岡県立美術館で開かれていた企画展「中村宏展 アナクロニズム(時代錯誤)のその先へ」の図録を題材に。4月14日から同美術館などで販売が始まった。
(文=論説委員・橋爪充 写真=橋爪〈外観、作品〉、写真部・久保田竜平〈本〉)

3月15日まで開かれていた浜松市出身の画家・中村宏さん(1932~2026年)の大規模回顧展のカタログが送られてきた。会期中に予約した人には4月上旬に届いているようだ。一言で言えば、待った甲斐があった。

1950年代から2020年代までを網羅した回顧展の出品作に再度出合えるだけでなく、多くの重要なテキストが収録されている。1932年9月10日の生誕から、2026年1月の展覧会までの人生をたどった植松篤上席学芸員による年譜は、14ページに及ぶ。橘川英規さんが手がけた著述、文献の目録も圧巻だ。これを見ると、中村さんに関する静岡新聞の記事がいかに少なかったかが知れて、申し訳ない気持ちになってくる。

テーマが絞り込まれた寄稿も読み応えがある。美術史家の足立元さんは中村さんが生きた1950~60年代の日本の美術シーンのありようを伝え、アーティストの嶋田美子さんは中村さんの主要モチーフである「セーラー服」の政治性を論じる。

県立美術館の木下直之館長は、自身と中村さんの故郷である浜松市の戦後間もなくの風景に触れ、「まんが原作者」の肩書で登場する大塚英志さん(!)が戦時下のアバンギャルドと中村さんの接続を語っている。なんと刺激的な。

静岡県立美術館で開かれた「中村宏展」の看板(2026年1月撮影) 


白眉は県立美術館の川谷承子上席学芸員を中心に据えた、中村さんへの4回のインタビュー12ページである。1950年代から60年間の画業を振り返る、エピソード満載の問答。これだけで単行本になりそうな面白さだ。

読みどころは多数あって、その一つが中村さんと吉本隆明を引きあわせた榑松栄次(1932~2008)という人物への言及である。中村さんは榑松さんの批評について、著名な評論家・石子順造(1928~77年)よりも「面白かった」と言っている。静岡県の菊川出身とある。

知識不足を恥じた上で「ググって」みると、毛利ユリ名義で活動した写真家である。続いて「毛利ユリ」「榑松栄次」を静岡新聞のデータベースで調べてみる。表現活動についての記事が出てこない。榑松さんはJR菊川駅前の明治時代の茶業倉庫「赤レンガ倉庫」の保存会としても活動していたようだ。長い記事はそれだけだった。またしても申し訳ない気持ちになった。

最も印象に残った中村さんの発言はこれだ。

メキシコ絵画に関心があって、特に[ディエゴ・]リベラ[1886-1957]、[ホセ・クレメンテ・]オロスコ[1883-1949]なんていったら震えるくらい好きだったもんね。

中村さんの大回顧展の会場風景を思い出した。入ってすぐの「第1章 社会へのまなざし」に掲げられていた『砂川五番』(1955年)を見た時に、不思議な気持ちになったのだ。「あれ? どこかで見ただろうか」

「中村宏展」に出品された『砂川五番』(2026年1月撮影)


メキシコ絵画に興味があって、リベラが好きだったという中村さん。この記述を読み、県立美術館の収蔵品展で見た、ある作品を思い起こした。島田市出身の画家北川民次(1894~1989年の『タスコの祭』(1937年)。北川はリベラとも現地で親交があった。

『タスコの祭』は、暗い青色のベールをかぶった女たちが手前に描かれていて、画面右奥にかけて人々が列をなすようにひしめいている。奥の方には楽団や闘牛に興じる男もいる。全体的に画面が暗く、上部にはまっすぐ横に引いた地平線が見える。

『砂川五番』と構図が似ている。人物の輪郭線がはっきり描かれている点も、同じにおいを感じる。メキシコの巨匠リベラを間において北川民次、中村宏という静岡に生を受けた二人のアーティストが並ぶ図が頭に浮かんだ。楽しい気分になった。

<DATA>
■静岡県立美術館「中村宏展 アナクロニズム(時代錯誤)のその先へ」図録
価格:4000円(税込み)
購入方法:同館(静岡市駿河区谷田53-2)ショップでの現地購入。ショップへの電話予約(054-262-1960)
※電話予約の場合、図録代金と送料は現金書留で支払う。一人一冊のみ
問い合わせ:静岡県立美術館企画総務課〈054(263)5755〉

静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

暮らし
エンタメ
浜松市
静岡市
菊川市
静岡市駿河区
島田市

あなたにおすすめの記事

  • 【静岡県立美術館の企画展「中村宏展 アナクロニズム(時代錯誤)のその先へ」】2020年代の戦争画シリーズの後に1950年代の作品を鑑賞。そこにある連続性とは

    【静岡県立美術館の企画展「中村宏展 アナクロニズム(時代錯誤)のその先へ」】2020年代の戦争画シリーズの後に1950年代の作品を鑑賞。そこにある連続性とは

    しずおか文化談話室

    #おでかけ
    #エンタメ
    #浜松市
    #静岡市
    #静岡市駿河区
  • ルポルタージュ絵画で知られる中村宏さんの企画展始まる 2026年1月に93歳で死去 晩年は自身の戦争体験を描く=静岡県立美術館

    ルポルタージュ絵画で知られる中村宏さんの企画展始まる 2026年1月に93歳で死去 晩年は自身の戦争体験を描く=静岡県立美術館

    SBSテレビ LIVEしずおか

    #浜松市
  • 【静岡県立美術館の「新収蔵品展」】 桃源郷への強い憧憬

    【静岡県立美術館の「新収蔵品展」】 桃源郷への強い憧憬

    静岡新聞教育文化部

    #県内アートさんぽ
    #エンタメ
    #おでかけ
    #静岡市
  • 【静岡県立美術館の「2000年代の絵画~静岡ゆかりの作家による」展】静岡ゆかりの5作家の競演。夭逝の画家石田徹也さん(焼津市出身)の作品がまとめて見られる

    【静岡県立美術館の「2000年代の絵画~静岡ゆかりの作家による」展】静岡ゆかりの5作家の競演。夭逝の画家石田徹也さん(焼津市出身)の作品がまとめて見られる

    しずおか文化談話室

    #おでかけ
    #エンタメ
    #静岡市
    #静岡市駿河区
  • 【静岡県立美術館収蔵品展「美術館のなかの書くこと」】曽宮一念さんの執念を見た

    【静岡県立美術館収蔵品展「美術館のなかの書くこと」】曽宮一念さんの執念を見た

    静岡新聞教育文化部

    #県内アートさんぽ
    #エンタメ
    #静岡市
  • ​【静岡県立美術館の「新収蔵品展」】 ヴァンジ彫刻庭園美術館、IZU PHOTO MUSEUMを追憶。

    ​【静岡県立美術館の「新収蔵品展」】 ヴァンジ彫刻庭園美術館、IZU PHOTO MUSEUMを追憶。

    しずおか文化談話室

    #エンタメ
    #おでかけ
    #静岡市
    #静岡市葵区
    #静岡市駿河区
    #静岡市清水区
    #島田市
    #三島市
    #長泉町
  • 【県立美術館の収蔵品展「版画でひもとく聖書と神話」】ヨセフの甲斐甲斐しさたるや

    【県立美術館の収蔵品展「版画でひもとく聖書と神話」】ヨセフの甲斐甲斐しさたるや

    静岡新聞教育文化部

    #県内アートさんぽ
    #エンタメ
    #おでかけ
    #静岡市
  • 【静岡県立美術館 の「静岡の現代美術と1980年代」展】 「袋井駅前プロジェクト」の心意気が伝わる

    【静岡県立美術館 の「静岡の現代美術と1980年代」展】 「袋井駅前プロジェクト」の心意気が伝わる

    静岡新聞教育文化部

    #県内アートさんぽ
    #エンタメ
    #おでかけ
    #静岡市
    #袋井市
  • 【静岡県立美術館の収蔵品展「異国への眼差し」】 伊藤若冲「樹花鳥獣図屏風」 美術館随一のスター「降臨」

    【静岡県立美術館の収蔵品展「異国への眼差し」】 伊藤若冲「樹花鳥獣図屏風」 美術館随一のスター「降臨」

    しずおか文化談話室

    #おでかけ
    #エンタメ
    #静岡市
  • 【静岡県立美術館県民ギャラリーの「ホルスト・ヤンセン 初期ポスター展」】きょう11月14日が誕生日。存命なら96歳だった

    【静岡県立美術館県民ギャラリーの「ホルスト・ヤンセン 初期ポスター展」】きょう11月14日が誕生日。存命なら96歳だった

    しずおか文化談話室

    #おでかけ
    #エンタメ
    #静岡市
    #静岡市駿河区