2026年1月5日
しずおか文化談話室

​【中西敏夫さん編著「孤高の彫刻家 重岡建治」】「パン仕事をおろそかにしてはいけない」

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は2025年11月1日に発行(奥付)された中西敏夫さん編著「孤高の彫刻家 重岡建治  語りつくした最期の言葉」(出版文化研究会)を題材に。

2025年2月24日に89歳で亡くなった彫刻家重岡建治さん(伊東市)へのインタビューをまとめた一冊。編集者中西敏夫さんが2024年1月半ばから2025年2月1日までの間に行った、総計百数十時間に及ぶ録音データを書き起こしている。

幼少期の貧困生活から最晩年の作品の解説まで、重岡さんの語り口をそのまま生かした構成。話題が重複していたり、時制があちこち飛んだりはあるが、生前の彫刻家を知る者は行間に在りし日の姿を見るだろう。

筆者も比較的長めのインタビューを3回行った経験があるが、ここまで詳しい話は聞けなかった。じっくり、膝詰めで話を聞いている様子が伝わってくる。中西さんの深掘りで、自分が知るエピソードが別の色を帯び始めた。

最も驚いたのは生い立ちだ。静岡新聞も含めたあらゆるメディアで「1936年、旧満州ハルピン出身」と記述されているが、実は日本で生を受けたという。「実際は、中国に住んでいた母が出産のために一時日本に帰国して、広島にある親戚の家で生まれています」と話している。出生届を出したのがハルピンだったようだ。

前半は、終戦後の貧困ぶりがこれでもかと語られる。熱海の山奥で両親と子ども3人。日銭を得るために家の回りの木を切り、まきにして炭を焼いた。登校時にはまきや炭、ヤギの乳を背負って出発し、得意先に届けた。ラーメン屋からスープを取った後のいりこをもらい、おかずにした。こうした生活の中で、竹を細工するウグイス笛を作るようになり、それが高値で売れるようになっていく。

彫刻家としての手さばきの原点は竹を削ることにあり、それは教育の文脈で身に付けたものではないのだ。重岡さんは間違いなく芸術家だが、「職人」としてのにおいもあった。幼少期の「食うための技術」が生きざまを決定づけたことになる。

別の場所に「パン仕事」という言葉が出てくる。注文を受けて作る仕事のことだろう。「パン仕事をおろそかにしてはいけない」という発言もある。「仏さんも出来る、大国さんも出来る、そうして食べることが出来る」というのは、22歳から26歳まで内弟子として仕えた圓鍔勝三氏の思想である。

芸術家として作品を作り続けたければ、生活の基盤を安定させる必要があると説く。なるほど。重岡さんが伊東市のなぎさ公園の「家族」をはじめ、数々の公共彫刻を委ねられたのは、「芸術家」「職人」という、ともすれば相反する資質が高次元で融合していたからなのかもしれない。

書籍は2000円。問い合わせは出版文化研究会〈090(9157)2296〉へ。メールアドレスは〈tndelamancha@gmail.com〉。

(は)

静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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