2026年1月31日

【ユニークポイントの「王国で殺して」】宗教上の理由で、母親が男児の輸血を拒否。医療の正義と信仰の正義がぶつかりあう
(文・写真/論説委員・橋爪充)

10歳の少年が路上でトラックとぶつかり、両足を損傷する。少年が運び込まれた病院は、駆けつけた母親に手術に必要な輸血の同意を求める。ところが、母親は同意書の記入を拒否する。信仰する「アズマのオウ」の教えに反するからという。手術を担当する医師らは言葉を尽くして説得する。だが、母親は同席する宗徒の男性とともにかたくなにこれをはねつける。刻一刻と容態が悪化する男児を前に、言葉のやりとりは平行線をたどる―。
1985年に川崎市で起こった、いわゆる「大ちゃん事件」をモチーフにしている。作・演出の山田裕幸さんは、病院で繰り広げられる会話劇を通して、おのおのが抱える「正義」と「正義」のぶつかり合いを描く。私たちは宗教上の正義を、時に受け入れがたいものとするが、宗教側から見ればこの社会の規範や正義は受け入れがたい。劇中の問答を聞いていると、登場人物の間に鏡が置かれているような気分になる。
実際に起こった事件では「エホバの証人」の父母が、10歳の息子への輸血を拒否し、息子は出血多量で死に至った。医学界はこれを重く受け止め、各病院が宗教的理由による輸血拒否に対応するガイドラインを作成した。2008年には日本外科学会など5学会が包括的なガイドラインを発表。輸血を受ける当事者の年齢を区分した上で、対応を細かく定めた。当事者が 15 歳未満の場合で判断能力がない場合、親権者の双方が拒否した場合でも、必要があれば現場の判断で輸血を行うものとした。

山田演出では、親権者を母親1人に絞り、創作的なチューニングを加えている。児童虐待の要素を加えた上で、物語上の落とし所を「法律」に委ねる。ただ、それすら万能ではないこともまた、はっきりする。ラストシーンで4人がようやく心一つになった(であろう)行為とは何か。科学や法律を超えた、その行為の効果、効能こそが本作の投げかける最大の問いである。
「命の危機を迎えている男児」を前にした緊張が途切れなく続く。前半部分では登場人物4人の信条や確信が、大きく揺らぎ、輪郭を失いかける。もしかする相手の言っていることが正しいのではないか。母親役を演じた山田愛さんの小刻みに震える顔や、不規則に動く手指がそれを象徴している。
この作品が素晴らしいのは、揺らいだ信条や確信が再び輪郭を取り戻し、徐々に、しかし強固に形を成していく姿がしっかり視覚化されている点だ。俳優たちの立ち位置の変化もその現れと言える。
その間、わずか70分。題材は「大ちゃん事件」だが、本作の本質は「思想・信条の固まる過程」をギュッと凝縮してみせたところにある。
<DATA>
■ユニークポイント「王国で殺して」
作・演出:山田裕幸
会場:ひつじノ劇場(藤枝市藤枝2-3-34)
出演:古市裕貴、ナギケイスケ、古澤光徳、西山仁実(ダブルキャスト)、山田愛(ダブルキャスト)
今後の開演日時:1月31日(土)午後2時■、午後7時〇、2月1日(日)午後2時〇 午後6時■
、2月2日(月)午後7時■ ※■が西山仁実さん、○が山田愛さん出演
入場料金: 一般自由3000円、25歳以下1000円 ※どちらも要事前予約。一部売り切れ回あり
チケット購入:ユニークポイントのウェブサイト(https://uniquepoint.org/)から
静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。









