2026年3月4日
しずおか文化談話室

【『みんな、おしゃべり!』出演の長澤樹さんインタビュー】驚くべき多言語映画は奇想天外な結末。「『伝えることから逃げない』が本当に大事」

2025年11月公開の河合健監督「みんな、おしゃべり!」が、各地でロングラン上映されている。2026年3月20日からの静岡県内上映も決まった。ろう者と在日クルド人のコミュニティーのすれ違い、あつれき、和解をユーモラスに描いた作品は、手話を含めたさまざまな言葉が飛び交う、驚くべき「多言語映画」。人と人の「分かり合えなさ」やすれ違いをおかしみを込めて描写し、それでも「なんとかなる」という結論に着地させる。

本作でろう者一家に生まれた聴者の女性を演じたのが静岡県出身の長澤樹さん。役作りのために手話を習得し、「CODA(コーダ)」としての葛藤や家族に対する愛憎を見事に演じている。

この風変わりな映画にどう立ち向かったのか。出演者としてどう見たのか。長澤さんに聞いた。
(聞き手/論説委員・橋爪充 人物写真/写真部・二神亨 場面写真は(c)2025 映画『みんな、 おしゃべり!』製作委員会)

いろいろな解釈ができる作品

-撮影が2024年で公開が2025年秋。長く上映が続いていますね。この作品はコメディーとしても見られるし、最新の社会的トピックを扱っている映画としても見ることができます。出演者の一人として、各地で好意的に受け入れられていることも含め、どう感じていますか。

長澤:いろいろな解釈ができる作品だと思います。完成したものを見た時にすごく面白くなっていたんですが、撮影中はそういう仕上がりになると思っていませんでした。監督もよく「コメディーだと思って作っていない」とおっしゃっていて。私も撮影中は真剣に(自身が演じた)「夏海」という女の子と向き合っていましたし、きっと他のキャストさんも、コメディーだと思って撮影に臨んでいた方は一人もいないんじゃないかな。だから、出来上がった時に「こういう形でまとまったんだ」とかなり驚きました。

-私は2025年12月に東京でこの映画を見たんですが、観客の反応もすごく豊かでした。本当に、さまざまな感情が湧き上がる映画ですね。

長澤:上映後に舞台挨拶をさせていただいて、その時にお客さまの反応を見たり聞いたりしました。泣いている方がいらっしゃったり、すごく笑っている方がいらっしゃったり。一概に「悲しい作品だ」とか「面白い作品だ」とまとめられない作品になっているんじゃないかなと思いました。

「みんな、おしゃべり!」の一場面

 

ろう俳優の家にホームステイ

-長澤さん演じる「夏海」は、父と弟がろう者の家族「CODA」という立場です。CODAについては、この映画と関わる前、ある程度知識があったのでしょうか。

長澤:深く理解しているとは言えない状態で入りました。撮影の1カ月ほど前から、この映画に出演する(ろう者で俳優の)那須英彰さんのお宅にホームステイさせていただきました。那須さんのお宅はデフファミリーなので、手話を学びながら、ろう者の皆さんと交流を深めたんです。実際に「CODAの娘」みたいな気持ちでした。もちろん(CODAについて)事前に資料で調べたり作品を見たりもしましたが、それ以上に発見や収穫のある時間でした。

-河合監督は手話でせりふだけを言える、演技できるというだけでなく、ろう者という存在への正しい理解を求めたようですね。手話を学ぶ際に、どんな要望がありましたか。

長澤:「筆談はNG」と言われていたため、筆談は一切しませんでした。最初は手話が全然できなくて。基本の挨拶、「ありがとう」や「ごめんなさい」「おはようございます」ぐらいしかできなかったんですけど、那須さんたちは「筆談はNG」を分かっていらっしゃって。

-厳しい環境ですね。

長澤:私には「分からないのに分かったふりをする瞬間」があって、でも(那須さんたちには)「分からない」ということが伝わっている。「真正面から向き合う」ことの大切さをすごく学びました。コミュニケーションを取るって、筆談とかそういう話でもないんだな、目を見てちゃんと会話をしたいという気持ちが大切なんだなって。言葉が通じなくても、その気持ちが本当に大切なんだなということを感じました。この作品自体、そういうメッセージも込められているんじゃないかな。

どんな作品よりCODAらしく

-日本ろう者劇団代表の江副悟史さんの指導も受けられたとうかがっています。具体的なトレーニングはどのように進んでいったのですか。

長澤:「どんな作品よりCODAらしいCODA、本物のCODAを目指してほしい」という監督からのオーダーがあり、江副さんもきっと凄く悩まれたと思います。最初の1、2週間は、せりふは全くやっていませんでした。

-どんなことから始めたのですか。

長澤: 基本の「あ・い・う・え・お」もやっていなくて。街を一緒に歩きながら、散歩をしながら、「あれは(手話で)こうやるんだよ」みたいな交流をしていました。振り返ってみると自然に、無意識のうちにCODAらしい仕草や目線の使い方が身に付いていったんだなと思います。

- 手話を学ぶ上で、一番最初に何を実行しましたか。

長澤:やはり「話したい」という気持ちがあったので、基本の挨拶は自分で調べたりして学んでいきました。でも、相手の話を読み取る、理解するというのが難しくて。自分がSNSやネットで調べた「定型の手話」と少し形が違ったり、スピードが違ったりするんですよね。実際に話してみると全然違うなと。英語や外国語と同じように、自分で学んだものと会話は違うものだと実感しました。

-長澤さんご自身は、2020年に初めての映画出演を果たされています。「みんな、おしゃべり!」の撮影時点でキャリアが4年あるわけですが、感情をせりふでなく手話で伝える難しさについてどう感じましたか。

長澤: 最初は自分が学んできたはずの手話が、(ろう者の俳優に)通じなかったり、お互い「はてなはてな」みたいな瞬間もたくさんありました。筆談に頼りたくなってしまったりする瞬間もありましたが、それでも那須さんをはじめろう者の方々は諦めないで会話をしようとしてくださった。皆さんのおかげで私は手話と向き合うことができたし、話すこと、相手に伝えることから逃げずに、向き合えた。本当に感謝しかないなって思います。

「みんな、おしゃべり!」の一場面

唯一無二、言葉にし得ない関係

-ここから物語についての話をします。長澤さんが演じる聴者の夏海は、ろう者コミュニティーの「窓」のような存在で、翻訳者としての役割を担っています。長澤さんご自身は夏海というキャラクターをどう捉えていましたか。

長澤:お母さんを亡くして、父と弟と一緒に過ごしていて、変わり映えしない、なんてことない日々がずっと続いてきたんじゃないかな。それとともにどこか寂しさ、自分の第一言語である日本語を使える相手が家族の中にいない孤独のようなものがあるように感じました。それから「常に怒っている女の子だな」という解釈もあって。監督とセッションしながらお芝居を作っていきました。

-「 怒っている」というのも確かに感じました。心の底から湧き上がる怒りというより、日常のちょっとしたことにいつもムスッとしてる感じですよね。

長澤: そうですね、重たい感情ではありませんが、常にムスッとしている女の子かなと思います。

- ろう者コミュニティーと対立する在日クルド人コミュニティーにも、夏海と相似形を描く「ヒワ」という男の子がいて、両者が互いの共通点を確かめ合うような場面がでてきます。彼と彼女の関係は「恋愛」ともちょっと違うような気がします。ご自身は夏海とヒワの関係をどう捉えていましたか。

長澤: あまり恋愛要素はないですね。共通の悩み、抱えている思い、孤独に惹かれあっているんだろうなと思います。でもそれは恋とは少し違う、どちらかといえば友情に近いんじゃないかな。唯一無二の、この二人ならではの関係。言葉にし得ない関係と言えるかもしれません。

-その二人が非言語コミュニケーションで意思疎通を図ろうとする場面があります。とても感動的なシーンですが、現場ではどう作って行ったんですか。

長澤:撮影前のリハーサルでヒワ役のユードゥルム・フラットさん、監督と三人で「ちょっとやってみよう」みたいな。監督も交えて、「こうかな」「これだとちょっと(意味のある)言葉に聞こえちゃうかな」とか。結局は「とにかく喋って。聞こえたままに、感じたままに」という演出だったという記憶があります。

多言語が飛び交う撮影現場

-人と人のすれ違いが広がっていく様子がおかしみを生んでいると思いますが、どんな点がコメディーとして受け止められる要因だと思いますか。

長澤:自分が演じた夏海も含め、みんな日常に対して真剣に、真面目に取り組んでいるところだと思います。「電球一つ割ってしまった」というところからすれ違いが始まるんですが、全員が本当に真剣に、真面目にこの問題をどうしようか考えている。そこがおかしく感じるんじゃないかな。

-奇想天外な結末についてはどうお感じですか。

長澤:台本を読んだ時は「これはどうなるんだろう」と思いました。現場で初めてああいう形になると知りましたし、作品になって「あ、こういう風になったんだ」と。

-実際の撮影現場も、映画で描かれている場面と同じような状況だったのではないですか。ろう者と健聴者、日本語以外の言語を話す方々が大勢いらっしゃって。

長澤:作品通りの現場でした。カオスな部分、大変なこともありましたが、楽しいこと、発見もたくさんありました。手話やクルド語に関しては、通訳さんを交えて撮影を進めるんですが、ニュアンスを伝えるのがとても難しいんです。多分、監督が一番苦労された部分だと思っています。監督は時にろう者の皆さんやクルド人の方々に、直接伝えに行っていました。台本を片手に「こうしてほしいんだ」とやってみせる。言葉以外のコミュニケーション、全身を使って伝えていました。それがすごく印象的でした。

-この映画は字幕も駆使しますが、恐らく出てくる言葉を全部理解する観客は一人もいないと思うんです。この驚くべき多言語映画に出演されて、人と人のコミュニケーションについて何か感じることはありましたか。

長澤:「伝わる」「伝わらない」以上に「伝えることから逃げない」が本当に大事だなと思って。日本語で話していてもすれ違うこと、分かり合えないことは絶対にあるわけです。結局は「伝えたい」と思うかどうか、諦めないかどうかではないのかな。私はリハーサルや撮影、出来上がった作品からそんなことを感じました。

-『みんな、おしゃべり!』を離れた質問ですが、長澤さんご自身は俳優としてどんな未来像を描いていますか。

長澤:少しこの作品と重なる部分があるかもしれませんが、言語や人種に関係なく、世界中の人に愛される女優さんになりたいですね。小さい頃からの目標であり夢です。

★県内上映は3月20日から静岡市葵区の静岡シネ・ギャラリー。21日には同館で河合監督、長澤さんの舞台あいさつがある。

「みんな、おしゃべり!」の一場面

静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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