2026年3月27日

【『みんな、おしゃべり!』の河合健監督インタビュー】ろう者対クルド人を描く、多言語飛び交う異色作。「映画って何なんだろう」も主要テーマ
(聞き手・写真/論説委員・橋爪充 場面写真は(c)2025 映画『みんな、 おしゃべり!』製作委員会)※河合監督の写真は3月21日に静岡シネ・ギャラリーで行われた舞台あいさつを撮影
『みんな、 おしゃべり!』の河合健監督
感じ方が観客によって全然違うのがいい
ー11月に東京で公開し、今も各地で上映が続いています。監督としての手応えはいかがですか。河合:想定よりかなりいい反応が返ってきているな、というのが正直なところです。賛否が別れると思っていたんです。みんなが求めていたものとうまく合致した部分があり、助けられたのだと思います。
-想定より反応がいいとのことですが、例えばどんな点でしょうか。
河合:この映画は言語をテーマにしていて、いろいろ考える余地があるんですが、その感想の幅が思った以上に広いですね。ろう者とか、クルド人とか、そういうことに興味のある方にしか届かないかもしれないという懸念もあったんですが、例えば(別の)マイノリティーの方が自分を重ねていたり、世の中の風潮やSNSに怖さを感じている方が自分の考えを膨らませたりもしていて。
-映画を見た人それぞれが、自分も何らかの形でマイノリティーの側に身を置いていると自覚するような世の中になっていて、そこにカチッとはまったのかもしれませんね。
河合:そうだと思います。
-今の社会に横たわる課題を扱っているけれど、とても笑えるしジンとくる。エンターテインメントの要素をたくさん詰め込んだ作品ですね。製作の経緯を教えてください。
河合:一番最初のシナリオってだいたい半径1メートルの話になりますよね。自分はCODAだから、(日本映画学校の卒業制作で)CODAの話を書いていたんですが、だんだん「何で自分が撮らなければならないのか」みたいなことを考え始めて分からなくなってしまった。(このテーマを)映画にする意味、みたいなことをずっと模索しながら、20代を過ごしました。
-かなり前から構想があったんですね。
河合:今、36なんですが、30歳ぐらいの時に、映画館でしかできないことって何だろうって考えはじめました。例えば、観客席で隣に知らない人がいるのは、映画館ならではじゃないですか。配信やテレビではありえない。それで、例えば隣り合う人がそれぞれ違う言語で映画を見て、一つのスクリーンなのに違うものを受け取る映画を作れたら面白いんじゃないかと思って。そうしたら、そのことと自分がCODAであるということがリンクした瞬間があったんですよ。映画で描く意味というものを自分で見つけられた。そこから(今作のプロジェクトが)動き出したんです。
-確かに、同じ場面を見ても人によって解釈が違うのがこの映画の特徴ですね。観客それぞれの理解できる言語によって「笑いどころ」がそれぞれ違う、といったような。
河合:(東京・渋谷の)ユーロスペースでお客さんに声をかけられたんですが、その方は1回目を(ユニバーサルシアターの)シネマ・チュプキ・タバタで見ていて、2回目をユーロスペースで見たと。「今日はものすごく笑いが起きていた」と言うんですよ。「恐らくろう者にとって現実的なことを言っているのに、それを知らないお客さんはそこで笑える」と言われました。そういうことが起きるのがやっぱり面白い。東京国際映画祭で上映したときも同じシーンで笑っている人と泣いている人がいましたからね。感じ方が全然違うというのはいいなと思いますね。
『みんな、おしゃべり!』の一場面
言語を軸にする。そっちに振り切る
-共同脚本にしてから4年ほどかかっているとのことですね。一つの映画の中でさまざまな言語を扱うことになったのはどんな経緯だったんですか。河合:まず僕自身がCODAであることをうまく自覚できていなかったのが一番大きくて。30歳までCODAの方とお会いすることなく育ってきたので、自分の性格の何がCODA的なのかが分からなかった。共同脚本で今回の企画を進めていくと、ろう者と触れ合ったことがない聴者の方と何か話したり接したりする時に、その行動変だなとか思うことが多くて。例えば、幼少期に障害者の家族と引き合わせられることって結構あったんですよ。こちらは目の見えないご家族だよ、耳が聞こえない家族だから何か似てるでしょって。でも全然違う感覚はあったんですよね。 その時は言語化できていませんでしたが、要するに聞こえる/聞こえないという話じゃなくて、言葉が違うんだという話なんですよ。そこが圧倒的に大きい。
-コミュニケーションの手段が違うわけですね。
河合:こっちはそもそも第一言語が日本語じゃない。 映画を作るにしても聞こえる/聞こえないという障害の軸ではなくて、問題は言葉なんだよということを明確にしないと全然伝わらない。だから、言語を軸にしてそっちに振り切ろうとなったんです。
-なるほど。
河合:それから、ろう者に一番近い状況の人も出した方が分かりやすいと思いました。それで考えてみたら外国から来た家族の子供世代というのが、状況としてとても近い。 悩みも近いはずだと。
-クルド語を扱う人たちについては、映画の中でも説明されていますね。クルド人は多言語でトルコ語を強制された歴史もあり、どの言語を用いるかについて極めて意識的であると。そうしたバックグラウンドがあるクルド人を、手話を扱うろう者の方々と並べて語るのは、一つの発明のような気がします。
河合:そうですね。ただ「外国人家族」という構造を決めるのが難しかった。1人だけの出演者で家族は出てこない、というところから一気に二つの家族の話にしようとなるまでにものすごく時間がかかりました。(共同脚本の)3人でいろんな言語のパターンを考えましたが、ほとんど即決で(クルド語に)決まりました。
3月21日に静岡市葵区の静岡シネ・ギャラリーで行われた舞台挨拶。(右から)河合健監督、主演の長澤樹さん、小澤秀平プロデューサー
「分かりあえなさ」を分かりやすく
-映画の前半部分は、ろう者やクルド人の「分かり合えなさ」が随所に出てきます。それは見ている側も同じで、いろいろな言葉でしゃべる人がいて、字幕は出てくるけれど必ずしも英語だけでなくて、見慣れない字幕もある。どう考えてもせりふを100%分かっている人がいない作りになっています。映画全体を考えたときの選択だと思いますが、こういう「分かり合えなさ」の強調に、どんな役割を期待したんですか。河合:昔は、過去の名作、好きな作品でも全てのシーンを理解できているわけではなかった。分からないものを見て楽しかったっていうのがあったんですよ。それがデジタルの時代に入り、分かるものしかなくなったなっていう印象がすごくあって。本当に嫌なんですよ。やっぱりお客さんがもっと能動的にならないと。 お客さんが「何かを探す」という行為こそが映画だと思っているので。だから今回は「分からないもの」を見せることを、かなり極端にやったんですよね。特に後半ははほとんどサイレント映画。音があってもなくても一緒、みたいな展開になっていく。映画の古典、原点に帰りたかったというのがあります。
-「分かり合えなさ」「分からなさ」を分かりやすく伝えるためにああいう映像になっている。パラドックスが大変興味深いですね。多くの言語が飛び交う作品ですが、非言語コミュニケーションで物事が成り立つ場面もありますね。あれを挿入したのはどんな意図だったんですか。
河合:CODAは「自分が何とかしなきゃいけない」と、どうしても思ってしまう。親のしがらみとは違うのですが、自然と自分を束縛してしまう部分があるんですよ。そこから解放させたいというのがまずありました。(劇中のCODAの)ヒワと夏海には、やっぱり子供であってほしいというか。マイノリティー言語のアイデンティーやプライドを守るために争いが起きるっていうのは、現実にもあるでしょうが、ヒエラルキーの下にいて巻き込まれた人たちのことを考えると「もう言語なんてどうでもいいよな」と思ってしまいます。言葉みたいなものから解放させたいっていうのがありました。
『みんな、おしゃべり!』の一場面
コメディーとして作ってはいない
ー脚本の作成、撮影の中で大事にしていたことは何でしょうか。特にラストシーンは衝撃的ですね。河合:シナリオで言うと、 僕自身はこの映画全体をコメディーとして書いてはいないんです。コミュニケーションに向き合うことを考えた結果、あのラストまで行かないと終われませんでした。だからコメディーとして扱われてびっくりしましたね。「ああいう形じゃないと終われない」という割と真面目な思考の結果なんですよ。
ーそれは理解できます。
河合:演出的な面で言うと、特に後半は「映画って何なんだろう」ということでしょうか。映画がもともと持っている原初的な面白い部分を意識しました。40分ぐらい字幕がないんですが、昔のサイレント映画ってそうだったわけじゃないですか。
ーサイレント映画を意識する理由は何ですか。
河合:僕の感覚では、僕が生まれた1989年時点で映画って終わってたのかなあと。90年代は映画を壊すことが面白いという時代。70年代から続く映画を壊していく作業だったと思うんですよね。やっぱり50年代、60年代が黄金期。だから、せっかく長編を撮れるならその時代に向き合いたかった。実はろう者やクルドじゃなくて、そこかな。一番やりたかったことは。
静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。
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