2024年10月12日
論説委員しずおか文化談話室

【松田いりのさん作「ハイパーたいくつ」 】 第61回文藝賞受賞作は、ダメ社員が主人公

静岡新聞論説委員がお届けするアート&カルチャーに関するコラム。今回は10月7日発売「文藝」冬季号(河出書房新社)掲載の第61回文藝賞受賞作、松田いりのさん(静岡県出身)「ハイパーたいくつ」を題材に。

第61回文藝賞(河出書房新社主催)は応募総数2111作品から静岡県出身の松田いりのさん「ハイパーたいくつ」、待川匙さん「光のそこで白くねむる」の2作が選ばれた。

文藝賞といえば、昨年は第60回を記念して特別に設けられた「短篇部門」で、同じ静岡県出身の西野冬器さんの「子宮の夢」が選出された。2年連続で静岡出身者が栄誉に浴することは、本当に喜ばしい。

受賞作は演劇や映像を製作する会社に勤めるダメ社員の「私」が、職場での立場をどんどん悪くしていく過程と、それでもなぜか陰に日向に「私」をかばってくれる「チームリーダー」のかかわりを描いている。

金井美恵子さんばりの、数ページにわたって言葉をつなぐ、読点なしの一文を効果的に使って、苦笑するしかない主人公のだらしない思考をダダ洩れさせていて、とても身につまされる。

時折、仕事や人間関係についての主人公の肯定的な気持ちがグッと高まることがあって、そうなると文体が急に「早口」になるのも面白い。

なんてことないオフィスの風景や会話が急に歪みだし、それがまた元に戻り、そしてまた歪みだし…といった流れに戸惑いながら、一方で「身を任せていいんだ」と思えるような物語の強度も感じる。人格者のチームリーダーが、「私」のジャケットを破損するシーンは、腹を抱えて笑った(は)

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

エンタメ、暮らし

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