2025年4月26日

【「SHIZUOKAせかい演劇祭2025」開幕。ティアゴ・ロドリゲス作・演出「〈不可能〉の限りで」】 紛争地帯の人道支援活動のエピソードを語る4人。これは演劇か、ドキュメンタリーか
静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡市内各所で催しがある「SHIZUOKAせかい演劇祭2025」と、開幕プログラムのティアゴ・ロドリゲス作・演出「〈不可能〉の限りで」を題材に。

春らしい陽気とともに、静岡市に演劇の祭典がやってきた。「せかい演劇祭」と「ふじのくに野外芸術フェスタ」(SPAC新作「ラーマーヤナ物語」)、「ストレンジシード静岡」の連動は今年から「PLAY!ウィーク」と名付けられ、「演じる」だけでなく「遊ぶ」「楽しむ」「学ぶ」も強く打ち出した。
開幕を告げる作品に選ばれたのは、ポルトガル出身のティアゴ・ロドリゲスの作・演出でスイスの劇場「コメディ・ドゥ・ジュネーヴ」製作による「〈不可能〉の限りで」。日本初演のこの重層的かつ挑戦的な作品を初っぱなに持ってくるのは、演劇祭を単なる「祝祭」に終わらせないという主催者の強い意志によるものだろう。
あらゆる点で観客の度肝を抜く作品である。赤十字国際委員会や国境なき医師団(会場にブース出展していた)への取材に基づく紛争地帯の人道支援活動のエピソードを、俳優4人が語る。取材対象者を演じ、「自分が見た出来事」を客席に向かって話す。まるで観客一人一人がインタビュアーであるかのように。俳優が観客の反応を待つ、沈黙の瞬間もある。

上演前から独特のムードに包まれていた。舞台は広大な布で覆われている。ところどころ天上からつられ、まるで山脈のような形をなしている。客入れ直後から不規則なリズムを刻む低い打楽器の音やエレクトロニクスの音が聴こえている。開演時間が近づくにつれ緊張感が高まり、観客のざわめきが少なくなっていく。厳粛な雰囲気の中、客電が落ちる。この作品が何を描こうとしているのか、多くの観客が理解しているようだ。
4人の俳優とドラム奏者による舞台は、「演劇って苦手」という何気ないせりふで始まる。まるで雑談でもするかのように。「何をお知りになりたいんです?」「作品は僕らじゃなく、僕らが助ける人を描くべき」。こうしたやりとりから、徐々に俳優が人道支援活動の当事者を演じていることが明らかになっていく。
彼らは水道や電気などインフラが整う自分たちの住む場所を「可能な地」、紛争で街が破壊され人々があらゆる人道危機に見舞われている場所を「不可能な地」とする。「どこ」「だれ」が覆い隠されていることで、その「不可能な地」で起こっている破滅的な事態が一層鮮明になる。
ある医師は1人分の輸血袋を前に、瀕死状態にある5人の子どもの誰かを選ばなくてはならない。支援活動に従事する人物は破壊された街に転がる死体に「酸っぱいパイナップル」のにおいを感じ取る。医療従事者の一人は、かつて義足の手術を施した武装勢力のボスに捕虜として対面する。支援者側が特権的な立場を利用して「あること」に及ぶまでの一部始終を告発する場面もある。
観客の多くはフランス語、英語、ポルトガル語の日本語訳を「読む」ことになるが、心に届く風景は生々しい。アンコンシャスバイアス、だろうか。自分が自分に「これは演劇である」と言い聞かせているのが自覚できる。ところが、これらが「ほんとうの話」であることも分かっている。この二律背反的な心の動きはなんだろう。こんな感覚、味わったことがない。
(は)
<DATA>
■ティアゴ・ロドリゲス作・演出「〈不可能〉の限りで」
会場: 静岡芸術劇場(静岡市駿河区東静岡2-3-1)
4月27日以降の開演日時:4月27日(日)午後2時、28日(月)午後6時半、29日(火・祝)午後2時
入場料金: 一般7000円、U-25(25歳以下)と大学生・専門学校生3400円、高校生以下1700円
問い合わせ:SPACチケットセンター(054-202-3399)※受付時間は午前10時~午後6時
静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。
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