2025年7月5日
論説委員しずおか文化談話室

​【演劇ユニットHORIZONの第21回公演「±Conclusion」】ライブハウスに持ち込まれた「みんな怪しいぞ、これ」的なサイコスリラー。結末は観客の手に委ねられている

静岡新聞論説委員がお届けする静岡県のアートやカルチャーに関するコラム。今回は7月5、6日に行われる、静岡市を拠点に活動する演劇ユニットHORIZONの第21回公演「±Conclusion」から。会場は同市葵区のLIVE ROXY SHIZUOKA。4日夜の公開ゲネプロを鑑賞。

HORIZONは昨年夏、同じ会場で「県内初のイマーシブ(没入型)シアター」と銘打った演目「monoclone」を上演した。ライブハウス全体を「幻想九龍城」に仕立て、ツアー客となった観客を城内の四つの部屋にいざなった。観客を物語に組み込むダイナミックな仕掛けに心底驚かされた。

劇団は常に「新しい演劇の形」を模索している印象がある。オーソドックスな演目もあるが、コンセプチュアルな構成や、演劇の外側にある方法論を持ち込んだりする。観客の想像力、想像力への挑戦的な態度は刺激に満ちている。

今回は来場者の投票によって結末が変わる「ダブルエンディングシステム」を採用。小規模ではあるが、これはまさしくマルチバース(多元宇宙)を劇場空間に現出させようという試みではないか。

生身の役者たちが演じる架空の人格は、二つの世界を生きている。役者たちはAとB、二つの結末を同じ人格で演じ分けなければならない。結末に至るまでの感情の起伏はそれぞれ違うだろう。それを説明できる演技が求められる。

演目の結末は来場者の手に委ねられているから、AになるかBになるかが明らかになるのは幕開けの直前。演者にかかるプレッシャーはいかばかりか。

今回の演目「±Conclusion」はサイコスリラー的な雰囲気に彩られている。猟奇殺人事件の背後に潜む、人間の欲望や二面性をえぐり出す。あらすじは以下のとおり。

満月の夜、若い女性が被害に遭う連続殺人事件。被害者の体の一部が必ず持ち去られている。食べられた? 獣の仕業? 警察の特殊犯罪対策係で活動する桂木(鴻野悠空さん)と望月(星万莉子さん)のコンビは、事件で唯一生き残った少女水鏡(百戸ゆうりさんと如月山葵さんのダブルキャスト)から話を聞くが、彼女は事件のショックで視力と一部の記憶を失っていた。

物語の焦点は「連続殺人の犯人は誰か」ではある。だが、本作は一本道ではない。個人的にはかつて見た映画群の美点をリミックスしているように思えた。「サイコ」「羊たちの沈黙」のような「目的の見えなさが醸す不気味さ」、「ミザリー」に通じる突如現出する暴力性、「ユージュアル・サスペクツ」「怒り」を連想させる「みんな怪しいぞ、これ」といった感覚。そして「バッドボーイズ」「あぶない刑事」など、古典的警察官バディものへのオマージュ。

狭い空間の90分間にこれだけのものを整理整頓して持ち込んだ、脚本担当草野冴月さん(演出は大橋美月さん名義)の手腕に感服するしかない。HORIZONの新しい地平をまた一つ、切り開いた感がある。

(は)

<DATA>
■演劇ユニットHORIZON第21回公演「±Conclusion」 
会場:LIVE ROXY SHIZUOKA
住所:静岡市葵区黒金町28-1-2  
公演日時:7月5日(土)午後0時半、午後4時、午後7時半
     7月6日(日)午後0時半、午後4時、午後7時半 
※2日間ともに二つのキャストを交互に配置
観覧料:S席(最前ブロック)4000円、A席(前方ブロック)3000円、B席(後方ブロック)2000円 ※各回ワンドリンク制。別途600円必要。

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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