2025年5月3日
論説委員しずおか文化談話室

【SPACの「ラーマーヤナ物語」】 インド2大叙事詩の一つを強烈にエンタメ化。公共空間と地続きの舞台。「壁紙化」する駿府城公園

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡市葵区の駿府城公園紅葉山庭園前広場 特設会場で上演中のヴァールミーキ仙原作、宮城聰構成・演出による静岡県舞台芸術センター(SPAC)の「ラーマーヤナ物語」を題材に。5月2日の上演を鑑賞。

午後6時45分開演の約15分前に雨がやんだ。会場に入ると「さっき虹が出ていたんですよ」とSPAC関係者。見えざる力が祝福するかのように、空があかね色に染まっている。

高さ50センチほどの正方形の舞台を半円状に取り囲むようにして客席が設置されている。せかい演劇祭では2019年の「マダム・ボルジア」で同様の試みをしている。ただ、今回は舞台の奥がスコーンと抜けていて、遊歩道を散歩する人や自転車で帰路を急ぐ高校生の姿も目に入る。日常と演劇空間の境目をあえて曖昧にしている。

上演が始まると、その理由が何となくうかがえた。演じ手たちが存在する前景のインパクトが強烈なので、その背後の「日常空間」で何が起こっているかが全く気にならないのだ。後景が「壁紙化」している。絢爛豪華な衣装とセットに彩られた舞台が進むにつれ、壁紙も含めて楽しんでいる自分に気づく。

インド2大叙事詩の一つ「ラーマーヤナ」は、さらわれた王妃を取り戻すために王子が魔王に対峙するという極めて明快な物語。これを宮城聰さんの演出下、SPACのきら星のごとき俳優30人が総がかりで舞台化しているため「エンタメ度」が極めて高い。この場合のエンタメ度、というのは「分かりやすさ」に置き換えてもいいかもしれない。

分かりやすければそれでいい、というのも違うと思うが、分かりやすさという指標だけで測れば、せかい演劇祭でのSPAC作品の中でも屈指だろう。俳優たちが稽古の段階で持ち寄ったという演出のアイデアの数々にはいちいち度肝を抜かれた。軽トラックがぶんぶん走り回り、花火が吹き上がり、ロープ1本でエベレストが作られ、精緻な影絵で子どもが生まれる。

きっとこれを読んでも、何が行われているのか分からないだろう。ラーマーヤナと何の関係があるのかも。だが、てんこ盛りのアイデアは全て有効に機能していた。物語に奉仕していた。

音楽やせりふ回しもマルチカルチュラルでとても好感が持てた。講談、能楽、ケチャック、喉歌、ビートルズ、アフリカのパーカッションが共存する演劇を、ほかのどこで見られるだろう。パキスタンの宗教音楽「カッワーリー」のような歌声も聞こえてきて、感服した。

(は)

<DATA>
■ヴァールミーキ仙原作、宮城聰構成・演出「ラーマーヤナ物語」
会場:駿府城公園紅葉山庭園前広場特設会場
5月3日以降の開演日時:5月3日(土)、5月4日(日)、5月5日(月・祝)、5月6日(火・休)※開演時間は全て午後6時45分
入場料金:一般7000円、静岡県民割5000円、U-25(25歳以下)と大学生・専門学校生3400円、高校生以下1700円、ほか
問い合わせ:SPACチケットセンター(054-202-3399)※受付時間は午前10時~午後6時

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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