2025年10月12日
論説委員しずおか文化談話室

【「SPAC秋のシーズン2025-2026」上田久美子さん演出「ハムレット」の稽古を見学】「オフィーリアの視点」は作品世界をどう変える

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡市駿河区の静岡芸術劇場で3作品が上演される「SPAC秋のシーズン2025-2026」の11~12月の演目「ハムレット」の稽古風景を。取材は10月2日、静岡市駿河区の静岡芸術劇場で行った。(文・写真=論説委員・橋爪充 ※一部SPAC提供)

SPAC「ハムレット」の稽古風景 (C)SPAC photo by Y.Inokuma 


SPACの「ハムレット」は2008年、2015年、2021年に宮城聰芸術総監督の演出で上演されている。筆者は2021年2月、下田市まで見に行った。静岡市での公演日程が全て折り合わなかったからだ。

それから4年半。SPACの「秋のシーズン」に「ハムレット」がプログラムされると聞き、当初は勝手に下田で見た作品の再演だと思っていた。出演者のリストに名前があったので、これまた勝手に武石守正さんのハムレット、貴島豪さんのクローディアスを思い描いていた。

SPAC「ハムレット」の稽古風景


恥ずかしながら、演出家のお名前を見落としていたのだ。今回担当するのは上田久美子さん。2006 年から2022 年まで宝塚歌劇団の座付き作・演出家として活躍。2015年の「星逢一夜(ほしあいひとよ)」は読売演劇大賞優秀演出家賞に選ばれた。2022 年のスペクタクルリーディング「バイオーム」は「演劇界の芥川賞」とも言われる岸田國士戯曲賞の最終候補に選ばれた。2023年から2024年にかけては文化庁の新進芸術家海外研修生としてフランス・パリに滞在していた。

当然ながら、上田さんが構築する「ハムレット」は宮城さん演出の「ハムレット」とは異なる。稽古場に足を運んだ日は「立ち稽古」だったが、風景は4年半前の舞台とは全く違っていた。

SPAC「ハムレット」の稽古風景 (C)SPAC photo by Y.Inokuma


フロアには透明ビニールのシートが敷き詰められている。一部は袋状になっていて、役者がその中に身を潜めたりしている。父の急死を知った王子ハムレットが父とおぼしき亡霊と初遭遇する場面。吉見亮さんの奏でる電子楽器が、不気味な金属音を響かせる中、ハムレット役の山崎皓司さんが、阿部一徳さん、貴島さんをはじめとした亡霊たちの嘆きの声に耳を傾ける。

SPAC「ハムレット」の稽古風景 


上田さんから、せりふの抑揚、アクションとリアクションのタイミングについて一つ一つ指示がある。印象的だったのは、舞台上の人物の配置について細かく要請があったことだ。宝塚時代の習性のようなものらしい。「位置決めのこだわりは、何も意識していないのに出てくるんです。なつかしい作業、と思いました」(上田さん)

8月に第1期、9月から第2期の稽古が進み、キャストがようやく固まったところという。配役紹介で気になったのは、稽古の中休みのあいさつで役者12人のほとんどが「オフィーリアを兼務」と言っていたことだ。これはどういうことなのか。稽古後、上田さんに聞いてみた。

ハムレットという物語をオフィーリアの視点で語ります。死後のオフィーリアが分解され、いろんなものに乗り移った上で、フラッシュバックして過去を演じ直す。水の底から現世を眺めているような。本編の最初と最後にオリジナル場面を置きますが、そこに11人のオフィーリアがいるという状態です。

SPAC「ハムレット」を演出する上田久美子さん 


ハムレットではなく、オフィーリアで語り直そうと思ったのはなぜなのか。

「ハムレット」は、若くカッコいい男性のハムレットを見に行くという形にしかなり得なかった。女の人と言えば、受動的で「何を考えているんだろう」といった役割。でも、この女性の描き方は、現代人の一人として何一つ内面を推測できないと思ったんです。だからといって、ハムレットを女性に置き換えるのは、「それをやってもしょうがないな」と感じて。社会的な立場が強いとされる男性たちがあえてオフィーリアをやってみると、何かが成立するんじゃないかと。若くて美しいだけで、オフィーリアが物語の道具にされてしまうのを避けたかったんです。

配役については、前回上演時の情報をあえてシャットアウトして決めた。

俳優さんからまっさらなものを引き出したかったから。今回は8月の稽古では全員ハムレットを演じてもらいました。互いに知り合う中で「この俳優さんにはこういうものがあるんじゃないか」と感じられるようになってきて。ただ、あらゆる可能性を残したかったので、9月の稽古でも役は決まっていませんでした。

大きなテーマの一つが人間の生き死にの問題という。

「生きる、死ぬとはどういうことか」(という問題)を頭を使ってロジカルに語る世界は、男性たちが作ってきた世界と言えるでしょう。言語でそれを確立しようとしたんです。それに対して、当時の女性たちは言葉を持たないので死者を透明な存在として悼んだ。権力闘争の末に刺し合って死ぬ男たちとは違い、自然に死んでいく。そっちの方が正気じゃないかと思いました。それで、人間と等価で存在している物と重ね合わせて(生死を)描いてみたいと考えたんです。
 
<DATA>
■ウィリアム・シェイクスピア作・上田久美子演出「ハムレット」
会場: 静岡芸術劇場(静岡市駿河区東静岡2-3-1)
開演日時:11月9日(日)、15日(土)、22日(土)、23日(日・祝)、29日(土)、12月6日(土)、7日(日)の各日午後1時半開演
出演:阿部一徳、貴島豪、榊原有美、杉山賢、武石守正、舘野百代、ながいさやこ、本多麻紀、宮城嶋遥加、山崎皓司、吉見亮、若宮羊市
入場料金: 一般4600円、U-25(25歳以下)と大学生・専門学校生2200円、高校生以下1100円、障がい者割引 3200円
問い合わせ:SPACチケットセンター(054-202-3399)※受付時間は午前10時~午後6時

SPAC「ハムレット」の稽古風景 

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

おでかけ
エンタメ
静岡市
静岡市駿河区

あなたにおすすめの記事

  • 【「SPAC秋のシーズン2025-2026」開幕。石神夏希さん演出「弱法師」】 3年ぶり再演。上演空間の変化は作品に何をもたらしたか

    【「SPAC秋のシーズン2025-2026」開幕。石神夏希さん演出「弱法師」】 3年ぶり再演。上演空間の変化は作品に何をもたらしたか

    論説委員しずおか文化談話室

    #おでかけ
    #エンタメ
    #浜松市
    #静岡市
    #静岡市駿河区
    #沼津市
    #浜松市浜名区
  • 【演劇の都・静岡】芸術の秋は演劇を観に行こう!SPAC、ラウドヒル計画、劇団渡辺…。充実のラインナップが静岡で

    【演劇の都・静岡】芸術の秋は演劇を観に行こう!SPAC、ラウドヒル計画、劇団渡辺…。充実のラインナップが静岡で

    SBSラジオ ゴゴボラケ

    #エンタメ
    #おでかけ
    #県内アートさんぽ
  • 【SPAC芸術総監督宮城聰さんの共編著「演劇脳とビジネス脳」】世界的演出家とさまざまな組織のリーダー9人の対話。演劇とビジネスの共通領域が浮かび上がる

    【SPAC芸術総監督宮城聰さんの共編著「演劇脳とビジネス脳」】世界的演出家とさまざまな組織のリーダー9人の対話。演劇とビジネスの共通領域が浮かび上がる

    論説委員しずおか文化談話室

    #エンタメ
    #暮らし
    #浜松市
    #静岡市
  • 【SPACのプレス発表会】 ゴールデンウイークは「PLAY!WEEK」。社会に「しみ出す」演劇を

    【SPACのプレス発表会】 ゴールデンウイークは「PLAY!WEEK」。社会に「しみ出す」演劇を

    論説委員しずおか文化談話室

    #おでかけ
    #エンタメ
    #静岡市
  • 【SPACの「伊豆の踊子」】 芸術劇場で四つ打ち

    【SPACの「伊豆の踊子」】 芸術劇場で四つ打ち

    静岡新聞教育文化部

    #県内アートさんぽ
    #エンタメ
    #おでかけ
    #伊豆
    #浜松市
    #静岡市
    #沼津市
    #下田市
    #伊豆の国市
  • 【SPACの「お艶の恋」】たきいみきさん、谷崎原作と相性良し

    【SPACの「お艶の恋」】たきいみきさん、谷崎原作と相性良し

    静岡新聞教育文化部

    #県内アートさんぽ
    #エンタメ
    #おでかけ
    #静岡市
  • 【SPACの「象」】 「被爆者」というベールが徐々に取り払われていく

    【SPACの「象」】 「被爆者」というベールが徐々に取り払われていく

    論説委員しずおか文化談話室

    #エンタメ
    #おでかけ
    #静岡市
  • ​【SPACの「イナバとナバホの白兎」】 せりふに感じたビート

    ​【SPACの「イナバとナバホの白兎」】 せりふに感じたビート

    論説委員しずおか文化談話室

    #おでかけ
    #エンタメ
    #浜松市
    #静岡市
    #沼津市
  • 【「SHIZUOKAせかい演劇祭2025」開幕。ティアゴ・ロドリゲス作・演出「〈不可能〉の限りで」】 紛争地帯の人道支援活動のエピソードを語る4人。これは演劇か、ドキュメンタリーか

    【「SHIZUOKAせかい演劇祭2025」開幕。ティアゴ・ロドリゲス作・演出「〈不可能〉の限りで」】 紛争地帯の人道支援活動のエピソードを語る4人。これは演劇か、ドキュメンタリーか

    論説委員しずおか文化談話室

    #おでかけ
    #エンタメ
    #静岡市
    #静岡市駿河区
  • 【SPACの「ラーマーヤナ物語」】 インド2大叙事詩の一つを強烈にエンタメ化。公共空間と地続きの舞台。「壁紙化」する駿府城公園

    【SPACの「ラーマーヤナ物語」】 インド2大叙事詩の一つを強烈にエンタメ化。公共空間と地続きの舞台。「壁紙化」する駿府城公園

    論説委員しずおか文化談話室

    #おでかけ
    #エンタメ
    #静岡市
    #静岡市葵区