2025年10月3日
論説委員しずおか文化談話室

【「SPAC秋のシーズン2025-2026」開幕。石神夏希さん演出「弱法師」】 3年ぶり再演。上演空間の変化は作品に何をもたらしたか

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡市駿河区の静岡芸術劇場で3作品が上演される「SPAC秋のシーズン2025-2026」の開幕演目「弱法師(よろぼし)」を題材に。10月2日の中高生鑑賞事業公演を鑑賞。

SPAC「弱法師」の一場面 (C)SPAC photo by Y.Inokuma 


三島由紀夫が能を近代劇として蘇らせた「近代能楽集」からの一編「弱法師」は、「SPAC秋のシーズン2025-2026」のアーティスティック・ディレクターを務める石神夏希さん(静岡市葵区)が2022年に初めてSPAC(静岡県舞台芸術センター)で創作した作品。

太平洋戦争の空襲で両親と生き別れ失明した美しい青年俊徳(としのり)は、上野で別の夫婦に拾われ、養育される。15年後、実の両親が表れ、俊徳の親権を主張する。家庭裁判所の一室で、二組の夫婦による調停が行われる。二組の夫婦がそれぞれに主張を曲げない中、調停委員の級子(しなこ)は俊徳と二人きりの対話に活路を見いだそうとするが…。

SPAC「弱法師」の一場面(C)SPAC photo by M.Hirao


自己愛と他者への圧ばかりの俊徳の言葉は、三島のコンプレックスの発露そのものか。二組の「両親」を「虫けら」呼ばわりし、「母親というなら僕に同意しなくてはならない」と恫喝し、隷属を強いる俊徳の不快な言動が、級子との対話フェーズに移るとまるで自問自答しているように話法が変化する。

ネタバレに気をつけながら言えば、石神さんの演出はエンドレス設定のテープレコーダーのようだ。後半はその言葉一つ一つの意味、言葉が描き出す風景が前半とは変容していく。

SPAC「弱法師」の一場面 (C)SPAC photo by Y.Inokuma


2022年初演時に静岡県舞台芸術公園「BOXシアター」で見た時は、白い正方形の舞台を囲むように座席が設定されていた。まるで格闘技のリングを見上げるようで、少しずつ物語に自分が取り込まれていく気分を味わった。

今回はその「白い正方形舞台」が劇場の舞台に設置され、観客はそれを客席から正対する形で見ることになる。奥行き、広がりのある世界で見る「弱法師」は、交わされる言葉、問答が劇場のあちこちに飛び散り、火だねをこしらえているように感じられた。BOXシアターの公演が高く火柱が上がる大きなたき火だとしたら、今回は舞台上から四方八方に火矢が放たれていたというべきか。

SPAC「弱法師」の一場面(C)SPAC photo by M.Hirao


終演後、石神さんが作品について語る機会があった。

戯曲を読んでいるうちに、俊徳という主人公が三島(由紀夫)さんの孤独や葛藤を投影しているように見えてきたんです。最後の場面、主人公は瞬間的に元気になるかもしれないけれど、長くは生きてくれなそうに思えました。何か大きなものに殺されてしまうような。ただ、個人的にはそういう人が少ない方がいいと思っていて、どうにかして死ぬ以外のみを示せないかと考えました。この作品は中学生高校生に見せることにもなっていたので、(初演から)改めて考えたのもそこでした。

一度完成した作品を「編み直す」作業についても言及した。

三島さんの戯曲は一言一句変えてはいけないということになっています。だから、こちらが知恵をしぼるしかありません。私たちの体を使ってどう上演すれば別の道を見せられるか、でした。三島さんの言葉は独特で、華麗。どうやったらこれを言えるのかなと。俳優はそれを具現化する力を持っていますが、リアリズムでそれをやられたら、こちらが受け取れない。どうやったら今の自分たちが(言葉を)受け取れるかを考えました。


初演とは異なる空間での上演については次のように話した。

もともと、劇場で何かをを作る「作法」が私の中にあるわけではありません。だからスタッフの皆さんが持っているものをどう再開発するか、でした。(初演時は)俳優6人が六つの役を全部試してみたし、(客席の位置も)3面、2面、1面を試しました。結果的にリングのような囲み舞台になりました。私の理想の劇場は、観客が円になっていて、演じ手がそこから順番に出てきて、観客に戻れることもできる、というものだったので。三島さんのせりふは現実感がないんですね。今回は2面になりましたが、三島さんの言葉はこちらの方が届きやすいと思いました。
 
(は)
 
<DATA>
■三島由紀夫作・石神夏希演出「弱法師」
会場: 静岡芸術劇場(静岡市駿河区東静岡2-3-1)
開演日時:10月4日(土)、5日(日)、18日(土)、19日(日)の各日午後1時半開演
※2026年1月31日(土)に沼津市民文化センター(同市御幸町15-1)、2月7日(土)に浜松市浜北文化センター(同市浜名区貴布祢291-1)でも公演あり
入場料金: 一般4600円、U-25(25歳以下)と大学生・専門学校生2200円、高校生以下1100円、障がい者割引 3200円
問い合わせ:SPACチケットセンター(054-202-3399)※受付時間は午前10時~午後6時

SPAC「弱法師」の一場面 (C)SPAC photo by Y.Inokuma

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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