2025年5月23日

【デヴィッド・ゼルナー、ネイサン・ゼルナー監督「サスカッチ・サンセット」】 森林に生息するサスカッチ4人。オランウータン似の彼らが「できること」「できないこと」

サスカッチとは北米の森林に生息するとされる未確認生物。サスカッチはカナダでの呼び名で、米国では「ビッグフット」として知られる。
映画は雲を眼下に見る山並みを俯瞰(ふかん)で映した後、4人のサスカッチが画面左から一人ずつ登場。舞台で言うなら「下手」である。彼らは二足歩行で移動する。全身が長い毛で覆われ、顔には深いしわが刻まれる。雄雌のつがいが一組とそのほかに雄2頭。つがいとその他の2頭の関係はよく分からない。全員がおじいさんのような顔をしていて、性別や年齢差を感じさせない。
彼らの主食は植物。雑木林に生える裸子植物の葉を、口でむしるようにむしゃむしゃと食べる。哺乳類は食べないようだが、魚は口にする。時には虫も。そして公然と交尾を行う。彼らは歩き続けていて、これが何のためか最初は分からない。途中で一定のリズムで4人が大木をたたく場面があり、同じ種の仲間を探しているのだと思い至る。
この映画の妙味は、彼らの「できること」「できないこと」についての情報を、少しずつ観客が獲得していく過程にある。彼らは、人間、チンパンジーの次に知能が高い類人猿とされる「森の人」オランウータンに似ている。ただ、歩く姿は人間そのものだし、人間が用いるような言葉ではないが、頻繁に声でコミュニケーションを取る。オランウータンより人間に近いかもしれない。
火を使う場面はないが、死者を埋葬するという考え方や儀式については自分たちなりの考えがあるようだ。悲しみを癒やすために、互いに抱きあったりする。捕まえた亀を耳に当てて声を出す場面もあり、何らかの電話に接した過去があることがうかがえる。
「人間に近い情動があるのだな」と観客は少しずつ思い始める。ところがある場面で、サスカッチは極めて不合理な行動で窮地に陥る。人間が論理的に考えたら決してそうはしない行動を取り、悲劇的な結果につながる。映画はサスカッチと人間との共通点、違いをさまざまなエピソードで際立たせる。非常に手際がいい。
観客が「人間とサスカッチの距離」を見定めているうちに、歩き続けるサスカッチたちはどんどん「人里」に近づいていく。周囲に人間の手によるものが徐々に徐々に増える。観客が彼らを理解する時間、劇中で彼らが人に近づいていく時間。この二つがぶつかる形で終幕。奇妙だがきっぱりとした「腑に落ち感」がある。
サスカッチ4人の特殊メイクに驚愕。ジェシー・アイゼンバーグが主演扱いになっているが、本当の主役は別にいる。
(は)
<DATA>※県内の上映館。5月23日時点
シネマサンシャイン沼津(沼津市)
静岡シネ・ギャラリー(静岡市葵区)
シネマイーラ(浜松市中央区、公開期間未定)
静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。
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