2025年9月11日

【NPO法人アップルビネガー音楽支援機構の滞在型音楽制作スタジオ「MUSIC inn Fujieda」】来春のオープンを前に鋭意整備中。「ローカルに根ざしながら、世界とつながる場所でありたい」

音楽制作スタジオ「MUSIC inn Fujieda」の外観。外壁の白が映える
8月下旬、藤枝市の旧東海道沿いに位置する「MUSIC inn Fujieda」を訪ねた。スタジオとコントロールルームは、内装の工事が続いていた。物件は築130年の土蔵で、かつては茶倉庫として用いられていた。現在は藤枝江崎新聞店が所有。これを滞在型のレコーディングスタジオに改装する。プロジェクトは2022年夏に端を発する。スタジオの運営を担うNPO法人アップルビネガー音楽支援機構の小林亮介代表理事は当時、藤枝市職員として空き家対策を担当していた。とある空き家のイベントについてSNSで発信したところ、島田高で同級生だった後藤さんがコメントを寄せたという。
空き家になっている天井が高い蔵、あるいは倉庫はないだろうか-。
小林さんはこれをきっかけに、後藤さんのレコーディングスタジオ構想を知ることになる。
大手レーベルに所属しないインディーズバンドが、限られた資金でも良質な作品を録音できる場所をつくる。その場所が地域に深く根差し、音楽を媒介にしたコミュニティーを形成する-。
前例のない挑戦だったが、小林さんは後藤さんの考えに共鳴した。藤枝江崎新聞店の江崎晴城社長を紹介し、物件を橋渡しした。2024年5月にはスタジオ運営を柱とする、各種音楽振興プロジェクトを実行するためのNPO法人の代表理事に就任した。
資金を集めるために実施したクラウドファンディングは驚きの結果だった。9月10日から12月15日までに5169人から総額7560万7380円が寄せられた。
レコーディングスタジオ内観。中央の扉が出入り口で、左右の扉の先にはボーカルなどを個別に録音するためのブースが用意されている
藤枝でのプロジェクトは着々と現実のものになりつつある。2024年12月に着工。最初の作業は、地震に対する強度を高め、音漏れを防ぐために基礎を打ち直すことだった。建物全体を約60センチ、ジャッキアップし、コンクリートを打った後に音を吸収するゴムを敷き、さらにその上にコンクリートを流し込む3層構造。施工を担当する渡辺建設(裾野市)の玄僚太郎課長は「極めて特殊な工事だった」と振り返る。スタジオの上部。4.5メートルの高さを確保。蔵の梁や床材を再生利用している。良い音の響きを得るために、音響の専門家が壁面の角度を緻密に計算した
スタジオは住宅街に立地しているため、録音中の楽器の音を外に漏らさないことが必達条件だった。そのための工夫が随所に凝らされている。スタジオ部分は土蔵の中にある独立した箱のような構造。土蔵の外壁と、スタジオ部分の外壁の間に3センチの隙間があり、音を閉じ込める役割を果たしている。すでに複数回の音響テストを行い、想定通りの遮音効果を確認しているという。かつて物置だったスペースをリノベーションしたコントロールルーム内観。床面には能登産のヒバ材を採用。壁面は能登地震の被災地から救い出した古材を用いる
宿泊やコミュニティースペースに活用する建物も整備が進む。スタジオ、別棟のコントロールルームを含め、9月末に引き渡し予定。10月からは後藤さん所有の録音機材などが運び込まれる。正式オープンは2026年春を予定する。隣接する3階建ても活用。3階には静岡市葵区のセレクト書店「SO GOOD books&styles」が移転開業する
小林さんはスタジオのビジョンをこう語った。「地域の皆さんに親しまれながら、藤枝で作った音楽が羽ばたいていくのが理想。『あのバンドのあの曲、藤枝で作ったんだよ』という会話ができるようになればうれしい。ローカルに根ざしながら、世界とつながる場所でありたい」<告知>
アップルビネガー音楽支援機構は「APPLE VINEGAR ミュージックサポーター 」(林檎酢会員) を募集している。月当たり1000円から支援が可能で、会員には活動報告のメールマガジン、年に1回の後藤正文さんを交えたリモートの報告会、年次報告書、ワークショップやイベントへの参加などの特典がある。詳細はアップルビネガー音楽支援機構のウェブサイト(https://congrant.com/project/avms/17512)参照。
3階のコミュニティースペース。バンドが録音する際は自炊しながら宿泊できるようになっている。それ以外の日は、地域の催しなどに広く活用を予定
静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。