2025年10月2日
論説委員しずおか文化談話室

【「眩光の彼方」の岡田真理さんインタビュー】「夢のその先」を意識しないと本当の幸せは手に入らない

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は、9月21日付静岡新聞「BOOK+」面に掲載した、作家岡田真理さん(静岡市葵区)へのインタビューの詳細版。新作「眩光の彼方」(祥伝社)は、どのようにして生まれたのか。
(聞き手=論説委員・橋爪充、写真=写真部・久保田竜平、撮影協力=ひばりBOOKS〈静岡市葵区〉) 

プロ野球のスカウトを主人公にした理由

-静岡書店大賞に選ばれた2024年の前作「ぬくもりの旋律」(河出書房新社)はスポーツ記者、今作はスカウトを主人公にしています。プロ野球界の違う側面に光を当てていますね。

岡田:担当編集がすごく野球好きな方で、私より詳しかったんです。「ぬくもり-」が野球に関係する仕事の裏側を見るような面白さがあったので、そういうところを生かした作品でご一緒できないかというオファーでした。

-スカウトを主役に据えたのはなぜですか。

岡田:この仕事にはずっと前から興味がありました。例えば、引退を決めたプロ野球選手に「誰に感謝を伝えたいですか」と聞くと、スカウトの名前を出す場合があるんですよ。プロになるきっかけを与えてくれた人ということで。そういう思いを持っている選手は意外に多いんです。

-スポーツライターとしてスカウトを取材することもあったのですか。

岡田:ある書籍の構成を担当したときに話を聞く機会がありました。私はずっと、スカウトは技術的な部分を見ているんだと思っていたんですが、実は人間性の方が大事で。その方が言うには「素直な選手は伸びる」んですよ。

-深い洞察に基づいた答えですね。

岡田:その方がスカウトした選手が(野球日本代表の)「侍ジャパン」で活躍していて。「活躍できるのは本人の努力や技術、コーチの指導のおかげもあるだろう。だが一番は性格が素直なところだ」とおっしゃっていました。それが強く印象に残っています。スカウトという仕事の奥深さをその時、改めて知りました。

-選手としての能力とは違う部分を重視しているんですね。

岡田:一方で、追い詰められてスカウト職を辞した方もいて、スカウトには光もあれば闇もあると知りました。さまざまな葛藤にドラマがあるとも感じました。そんなことがあって、スカウトのノンフィクションを書きたいと思うようになりました。

-小説ではなくノンフィクションで構想されていたのですか。

岡田:ただ、スカウティングの話って内緒にしなければいけないことが多くて、取材したことをそのまま書けないんですよ。材料は集まっているのに、書けない。そんな中で小説のお話をいただいたので、フィクションとして書くことにしました。

-フィクションの方がリアルなことを書きやすいというのは確かにありますね。

岡田:それに、スカウトの本をノンフィクションで出しても、買ってくれるのはコアな野球ファンだけだと思うんですよ。文芸であれば、文芸のファン、普段文芸を読まない野球好きの両方が手に 取ってくれるかもしれない。そういう考えもありました。

犯罪加害者家族をピックアップしたのは

-スカウトにまつわる物語を縦糸に、犯罪加害者家族の救済を横糸にしていますね。前作と同じ構造です。こうしたテーマはどうやって選び取ったのですか。

岡田:きっかけは、元プロ野球選手の逮捕です。警察発表で衝撃を受けることが何度かありました。元プロ野球選手のセカンドキャリアについてはもっと語られていいと思います。引退後も肩書きを生かして仕事できる人はほんの一部。それなのに、プライドがあるから野球と違う仕事に就くと続けられない。

-事件に関わった時に、肩書が目につきやすいということもあります。

岡田:賭博の問題もそうなんですが、社会に溶け込めないケースも多々あります。そんな、スポーツの世界に潜む闇を取り上げたいという意識があって。また、身を持ち崩した選手の周囲にいる家族がどういう目に遭いがちで、それに対して社会がどうあるべきかという問題も書いてみたかった。

-かなり視野を広げて執筆していますね。

岡田:私、SNSをかなり見るんですよ。そうすると想像した通りのことが起こる。夏の甲子園大会の広陵高校に関してもそうなんですが、かなりのスピードで選手の家族の写真がさらされ、拡散される。現代社会は負のエネルギーが簡単に作られ、全うに生きる人がその餌になる危険性をはらんでいます。加害者家族をピックアップしたのは、(個人情報を)さらされる側の気持ちを読者と共有したいという思いからです。

リアリティーの追求と「夢」についての考え方

-主人公のスカウトは元警察官です。こうしたキャリアは実際に存在するのですか。

岡田:私が取材した関係者は「ない」と言っていました。

-法規に基づく職業倫理が絶対の警察官がプロスポーツの世界に転じるという、この触れ幅はどんな計算に基づくものですか。

岡田:人を見る仕事という点では、警察官とスカウトは共通すると思うんです。今回取材したスカウトの方も「アドバイザーのような形で(スカウトの世界に)入ってもらうのは大いにありだ」と言っていました。

-野球を大きく扱っている作品なのに、試合の描写はありませんね。意図したものですか。

岡田:言われて気づきました。別の方にも指摘されて、そういえば書いてないなと。執筆時にちょうど東京六大学野球をやっていたんですが、スケジュールの都合で見に行けなかったんですよね。足を運んでいたら(試合の描写が)あったかもしれません。

-ドラフト指名候補の選手の能力はスカウト会議の中で、それぞれのスカウトの目を通して語られます。地の文でどういう選手かを説明すると「天の声」になってしまいますが、各スカウトの主観評価をクロスさせると、読む側の想像を働かせる余地が生まれます。

岡田:意図したものではありませんが、「正解」だったとしたらうれしいです。

-さまざまな登場人物が、それぞれに「夢」や「夢の実現」そして「夢のその先」を語っています。その語り方に公平さを感じたのですが、意識しましたか。

岡田:私自身のことを言えば、スポーツマネージャーをやって、スポーツライターになって、脚本家、小説家になってというキャリアを歩んで来る中で、ずっと「夢をかなえた人」としか仕事をしていないんですよ。常に「夢」というものを意識せざるを得ない環境だったから、そういう目で人を見ているんだと思います。

-経験が色濃く反映されているのですね。

岡田:「夢を追っている人だな」「夢をかなえた人だけど幸せじゃない」「すごい夢をかなえて幸せそうだな」とか。自分は「夢」というフィルターで、周りの人たちを見てるんだなと、改めて思いましたね。夢は一般的にポジティブなものとして語られますが、私は夢で人生が狂った人もたくさん知っています。本当にその夢を追いかけて、あなたは幸せになれるのか。周りの人は喜ぶのか。そこが大事なポイントだと思っています。「眩光の彼方」というタイトル自体が「夢のその先」という意味なんですが、そこを意識しないと本当の幸せは手に入らない。やっぱり、夢をかなえた瞬間がスタートなので。

-前作ではスポーツマスコミの、今作ではスカウトの、お仕事小説的な要素もあります。仕事人としての哲学も含め、極めて丁寧に書かれています。

岡田:ドラフト会議の前に食べるお弁当は何か、ドラフト会議の会場にはどんな役割の人が行くのか、スカウト会議のホワイトボードに何が書かれるのか。スカウトは月曜日に何をするか、火曜日に何をするか、といった細かいところまで全部聞きました。そうした点はリアリティーを出したかったので。

-感心したのは、ドラフト会議における各球団の選手指名の方針のきめ細かさです。チームの年齢構成を考え、数年後に特定のポジションで活躍するだろうと見込んで、選手を獲得しようとする。その年の目玉の選手を取ってくるという発想ではなく、5年ぐらいの時間軸の中で今年どういう選手を選ぶかをロジカルに決めています。

岡田:野球が好きな人は「チームの強化はこうやってやるんだ」というのは知っていると思います。今回、取材で聞いたお話が自分の中で答え合わせになった部分もあって。15 年ぐらいプロ野球の取材をしているんですが、あの時あの選手を取ったのはこういう理由だったのかと、腑に落ちるところもありました。

-選手獲得に当たって、球団、スカウトが入念に戦略を練っている様子が伝わります。

岡田:でも、スカウトの熱意が選手の獲得を生む場合もあるんです。今回取材したのは吉田正尚選手(現レッドソックス)を見つけてきた方ですが、当時ほかのスカウトはみんな(獲得に)消極的だったそうです。今、メジャーリーガーになっているのを見ると、選手を「推す」ことのロマンを感じますね。

-「ぬくもり-」に続いて静岡県内の風景が出てきますね。今作では、沼津市がとある選手の地元として語れます。

岡田:意図的に入れました。その選手を「静岡の子」という設定にしたかったんです。彼の性格、「静岡っぽい」ですよね。

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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