2025年8月14日

【小説家岡田真理さん(静岡市)の新著「眩光の彼方」】元警官のプロ野球スカウト、意中の選手の獲得なるか。スポーツと犯罪加害者家族の支援を扱う、技巧的〝カップリング小説〟

スポーツライターとして約15年活動した岡田さんの新著は、プロ野球のスカウトを軸に据えたヒューマンストーリー。スポーツ紙記者が主人公だった前作「ぬくもりの旋律」に続き、国民的スポーツであるプロ野球に、側面から光を当てている。「夢」「夢の実現」「夢のその先」をさまざまな角度から問いかける。
警察官から横浜に本拠を置く球団のスカウトに転じた真柴瑞稀は、母校・立花国際大の走攻守のバランスに優れた笠谷蒼佑外野手にほれ込む。各球団が新人選手を指名するドラフト会議は10月。だが、その年の夏時点で4年生の笠谷はプロではなく、社会人野球の道を進むことを表明している。人間観察力に優れた元警察官の真柴は、彼の真意はそこではないと見通す。
真柴をプロ野球界に導いたスカウト部長の瀬崎哉とその妻・留美は、瑞稀の母絵里子の教え子。瀬崎はかつて自分がスカウトし、高卒入団後4年で戦力外通告された左腕投手大政玲央が、再就職がままならず詐欺容疑で服役していることに、大きな責任を感じている。
玲央の母・郁美は、玲央の中学時代から足しげく通い、長男をプロ野球選手にした瀬崎に複雑な思いを抱いている。玲央が詐欺事件で収監されてから瀬崎に会うことはほとんどなく、しっかり者の長女叶芽がソフトボール選手として飛躍を遂げる姿を頼もしく見つめている。
登場人物は皆、大小の悔恨を抱えている。だが、それぞれに結びつきを強める中で、明るい未来をたぐり寄せる力を得ていく。プロ野球をテーマにしているのに、試合の描写は一切ないこの小説の美点は、夢を引き寄せようともがく人を支える立場と、社会から疎外された人の「再起」を支える立場を、バランス良く並べて見せたことだろう。
華やかなプロ野球の世界に足を踏み入れようとする人たち。親族が犯罪に手を染め、SNSでバッシングを受ける家族たち。岡田さんは、本当は並立しようもない二つの要素を「元警察官のプロ野球スカウト」という接着剤を使って貼り合わせ、表裏一体の端正な作品に仕立て上げた。
「力業」「技巧的」といったような感想が残らないのは、作家の力量なのだろう。複雑な人間模様だが、全く引っかかりなく読める。プロ野球スカウトのルールや不文律という制限された条件のもとで目当ての選手を口説き落とす過程は、心理的綱引きを繰り返すビジネス小説のようだし、SNSの野放図な書き込みが現実社会を動かすさまは、開催中の全国高校野球選手権大会で発生した事案を予言しているようだ。
「ぬくもりの旋律」と同様に、今回も一部の場面に静岡県内の風景が出てくる。これを、静岡書店大賞で名をはせた岡田さんの「恩返し」とするのはうがった見方だろうか。
(は)
静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。
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