2026年3月15日
SBSテレビ LIVEしずおか

「全員無事でごめんなさい」 高校生が詩に込めた"怒りと諦め" 震災15年の今伝えたい願い

『潮の匂いは世界の終わりを連れてきた。』

これは宮城県東松島市で被災した女子高校生が詠んだ詩「潮の匂いは。」の一節だ。彼女は文芸部だった3年時に「気持ちに区切りをつけたかった」と詩をしたためた。

『潮の匂いは友の死を連れてきた。冬の海に身を削がれながら、君は最後に何を思ったのだろう。』(「潮の匂いは。」より)

当時執筆された「潮の匂いは。」の原稿

小中と一緒に過ごした近所の友人とはつまらないことでケンカをしたままだった。避難所で手に取った新聞の死亡欄にその子の名前を見つけた。

東松島市では震災で1,100人以上が亡くなった。家族を亡くした人や大事なものを失った人が多くいる中で、この15年抱えてきたうしろめたさのような感情がある。

東松島市の野蒜海岸

「当時の文芸部の顧問に『うちは全員無事でごめんなさい』と言ったことがあります。自分の家族が無事だったのは良かったと思うけど、自分が被災者という顔をして暮らしていいのか。同じ目線で語れないんじゃないかと」

落とし所のない感情から生まれた詩を彼女自ら紐解くと、15年伏せていた本音があふれ出た。

母校の石巻西高校の教室

10m超の津波…日常と乖離した“匂いと湿気”

2011年3月11日。当時、高校1年生だった片平侑佳(かたひら・ゆか)さんは姉と妹、祖父母の5人で海岸から1.2kmほどの場所にある東松島市野蒜地区の自宅にいた。

通っていた高校が入試業務のため、たまたま生徒は自宅学習となっていた。すると突然、「柱を支点にぐるぐる振り回されるような揺れ」に見舞われた。

川を遡上する津波 東松島市

姉が直感的に避難の必要性を訴えた。しかし祖父母は、ここまで津波は来ないから自分たちは逃げないというスタンスだった。家族の中でも意見が割れていた。片平さんが、2階から見える景色に異変を感じたのはそんな時だった。

「海岸の松林が風がないのに大きく揺れて泥水がザラザラ流れてくるのが見えて…顔を上げたら壁みたいになって津波が押し寄せてきたんです。数十秒の間にどんどん水かさがましてこのまま死ぬんじゃないかって」

津波が街をのみ込む 東松島市

野蒜海岸に到達した津波は10mを超えていた。片平さんの妹が泣きながら祖父母に「早く2階に上がって!」と呼びかけ、5人は2階から茶色と黒色が混ざった大波がすべてをなぎ倒す様子を目の当たりにした。

片平さんの自宅周辺では正面からの流れと横からの流れがぶつかり合い、住宅街だった場所は波にのまれ海水が渦を巻いていた。一瞬にして眼前に迫ってきた非日常。

人々の暮らしを襲う 提供:東松島市

流された松が家に突き刺さり、行き場を失った車やガスの吹き出したプロパンガスなどが水の上を転がっていく。家の中は2階に至る階段が海水で埋まり、外はベランダの際(きわ)まで水位が上昇した。

片平さんは足元からくる潮とガスの匂いを鮮明に覚えている。

「日常生活で家の中にはないはずの匂い。日常と乖離した違和感がありました。2階のベランダの縁まで水が来てしぶきが窓にピチピチってかかるぐらいギリギリ。波の湿気が家の中に入ってきました」

様々なものを押し流しながら水かさが増す 提供:東松島市

あと数センチで本当に死ぬかもしれない―――――。そう思った午後4時すぎ、海水が引いていった。全員一命をとりとめた。

がれきとともに“人々の生活”そのものが流れていく様子を見ながら一晩を過ごした。「父と母に会うまで死ねない」その思いだけが片平さん自身を支えていた。

パン1枚を4等分して夕食に

翌日から始まった避難生活。学校の教室は避難してきた住民たちですし詰め状態だった。避難者が増えると、すでにいっぱいの教室内でスペースを作る調整が行われる。「今空けるから」「5人一緒に入れて」と住民同士で声を掛け合っていたという。

街はがれきの山と化した 提供:東松島市

「着の身着のままで避難して被害の規模がわからない中で『何とかして命をつながなきゃ』という思いで暮らしていた気がします。何かを感じる暇がないんです」

避難の過程で父と母も合流し、幸い家族全員の無事が確認できた。その後、父の実家に一時的に移り住む方針となり、難を逃れた自宅2階から家財道具を運び出す作業を進めていた。

しかし避難所で、布団によって仕切られたすぐ隣から聞こえてきたのは「あんなに家から物を持ち出せるなんて恵まれてていいよね」という言葉だった。

「物がないのもつらいけれど、持っているのもつらいんだと。でも物がないと今後の生活が立ち行かない...どうしたらいいんだろうと葛藤していました」

みんな生きるのに精一杯だった。

人々は生活基盤を失った 提供:東松島市

物資が不足する中、パンメーカーが駆けつけて食パンなどを置いていってくれたことがあった。ただ、多くの避難者で分けるには、食パン1枚を4等分して1人1切れを夕食として食べるのがやっと。

関西から届いたおにぎりは、遠方からの輸送で被災者の口に入る頃には固まってカチコチ状態。それでも片平さんは、この極限状態に食べ物を届けてくれたことを鮮明に覚えていて、15年が経った今でも感謝しているという。

避難所となった小学校の跡地で震災当時を振り返る片平さん

「人の言葉や挙動に落ち込むこともありましたが、反対にまた前に向かせてくれたのも人の温かさでした。“生きていてよかった”と思えるようになったのは人の温かい部分に触れたからだと思います」

“怒っている”と知ってほしかった

震災後、「絆」や「がんばろう」という言葉が世の中にあふれた。

一方で、がれきの受け入れをめぐって全国各地で反対運動や慎重な対応が目立ち、福島第一原発の風評被害で苦しむ農家なども数多くいた。また、被災地を軽視する政治家の発言がメディアで取り上げられることもあった。

『"絆"と言いながら、見えない恐怖を僕たちだけで処理するように、遠まわしに言う。"未来"は僕たちには程遠く、"頑張れ"は何よりも重い。』(「潮の匂いは。」より)

「潮の匂いは。」の一節


片平さんの詩を見た文芸部の顧問からは「ずっとむつけてるね」と言われた。「むつける」は、不機嫌な様子やすねている状態を指す方言。

「私はそのつもりはなかったんですけど、感情を紐解いたら、きっと怒っているんだろうなって15年かけて思うようになりました」

誰にぶつけたらいいかわからない怒りを、誰かに知ってほしかった。

文芸部の顧問と写る片平さん

震災から6年後の2017年には「まだ東北で良かった。もっと首都圏に近かったら莫大な甚大な被害があった」と発言した復興大臣もいた。怒りや悲しみの感情とともに、どこか諦めている自分もいた。

『一人で勝手に生きろと、何処かの誰かが遠まわしに言っている。一人で生きる世界は、あの日の海よりもきっと、ずっと冷たい。』(「潮の匂いは。」より)

詩に込められた本音

「潮の匂いは。」は宮城県のコンクールで最優秀賞を獲得した。全国大会では入選だったが、そこで最優秀賞に選ばれたのは岩手県の生徒が書いた震災詩だった。

「その内容は『被災したけれどこれからは明るく生きていくことが生き残った私たちの使命だ』というような詩だったんです。私、そこまで明るくなれなかった。人が死んでて悔しくて悲しくて怒っているのに、伝わらないんだと思って」

大きな防潮堤が完成した野蒜海岸

一時期は「もういいや」と口を閉ざしてきた。伝えようとしても伝わらないことがわかったから。

賞をとるために書いたものではない。その詩を書いた生徒が悪いわけじゃない。評価をした先生たちが悪いわけじゃない。でも、伝わらないと思った。

「自分の根っこにはこの感情がある」と話す

『潮の匂いは少し大人の僕を連れてきた。諦めること、我慢すること、全部まとめて飲み込んで、笑う。』(「潮の匂いは。」より)

一方で、感情が詩という形になったときから作品が片平さんの元を離れて、多くの被災者に届いている事実もあった。

詩を朗読する片平さん

ある時、当時の同級生から「うちの両親が『詩良かったよ』と言って涙を流していた」と教えてくれた。

詩にも登場する亡くなった友人。その家族から「書いてくれてありがとう」との言葉をもらった。

複雑ながら正直に綴った心の叫びが共感を呼び、受け止められ、確かな救いになっていた。

『もう一度だけ、君に会いたい。くだらない話をして、もう一度だけ笑いあって、サヨナラを、言いたい。』(「潮の匂いは。」より)

「ごめんね」ではなく「サヨナラ」。一方的に謝りたくなかった。「ごめんね」と言って許してもらえるのは相手がいるからだと、片平さんは言う。

自宅近くの慰霊碑で手を合わせる

どうか生きてほしい

子どもたちと交流する片平さん

31歳となった片平さんは現在、放課後デイサービスで働いている。教員免許を生かし、児童指導員として障害のある子どもたちの成長を見守っている。

ある程度の距離感を大事にして、子どもたちの主体性や自立心を伸ばすことを意識している。

「きょうおやつ食べられない子がいましたけど、出された物を食べられなかったら死んじゃいますよね。お店行って『これください』と伝えるのも生きるための営み。有事ではない今から練習していきたい。それを重ねて有事のときに生き延びる子どもになってほしい」

片平さんは、自分が生き延びることができたのは運が良かっただけだと話す。

「子どもたちと一緒に歩みたい」と語る

守られるだけの生徒ではなく守る立場の支援者となった。生きるために必要なのは運ではなく「生き残る術(すべ)を学ぶこと」だと信じて子どもたちと触れ合っている。

ゴルフ場になった片平さんの自宅跡地

震災から15年。生まれ育った地域は現在、津波防災区域に指定され、原則家を建てることができなくなった。

地元を離れて初めて、海風の涼しさや肌のベタベタする感触が海由来だったと知った。

最後に、詩を作ったことに後悔はないか尋ねた。

「後悔はないです。良かったと言えるまでにはもうちょっと時間がいるかもしれないですけど、今は『後悔してない』って言いたいです」

野蒜海岸に立つ片平さん

詩に込められた本音が「怒り」や「諦め」だとしたら、片平さんが今まっすぐに伝えたいのは「どうか生きてほしい」という願いだ。

「潮の匂いは。」片平侑佳

潮の匂いは世界の終わりを連れてきた。 僕の故郷はあの日波にさらわれて、今はもうかつての面影をなくしてしまった。 引き波とともに僕の中の思い出も、沖のはるか彼方まで持っていかれてしまったようで、もう朧気にすら故郷の様子を思い出すことはできない。

潮の匂いは友の死を連れてきた。冬の海に身を削がれながら、君は最後に何を思ったのだろう。 笑顔の遺影の口元からのぞく八重歯に、夏の日の青い空の下でくだらない話をして笑いあったことを思い出して、どうしようもなく泣きたくなる。もう一度だけ、君に会いたい。くだらない話をして、もう一度だけ笑いあって、サヨナラを、言いたい。

潮の匂いは少し大人の僕を連れてきた。 諦めること、我慢すること、全部まとめて飲み込んで、笑う。 ひきつった笑顔と、疲れて丸まった背中。諦めた。我慢した。"頑張れ"に応えようとして、丸まった背中にそんな気力がないことに気付く。どうしたらいいのかが、わからなかった。

潮の匂いは一人の世界を連れてきた。 無責任な言葉、見えない恐怖。否定される僕たちの世界。 生きることを否定されているのと、同じかもしれない。 誰も助けてはくれないんだと思った。自分のことしか見えない誰かは響きだけあたたかい言葉で僕たちの心を深く抉る。"絆"と言いながら、見えない恐怖を僕たちだけで処理するように、遠まわしに言う。"未来"は僕たちには程遠く、"頑張れ"は何よりも重い。お前は誰とも繋がってなどいない、一人で勝手に生きろと、何処かの誰かが遠まわしに言っている。一人で生きる世界は、あの日の海よりもきっと、ずっと冷たい。

潮の匂いは始まりだった。
潮の匂いは終わりになった。

潮の匂いは生だった。
潮の匂いは死になった。

潮の匂いは幼いあの日だった。
潮の匂いは少し大人の今になった。

潮の匂いは優しい世界だった。
潮の匂いは孤独な世界になった。

潮の匂いは――――――。

「あしたを“ちょっと”幸せに ヒントはきょうのニュースから」をコンセプトに、静岡県内でその日起きた出来事を詳しく、わかりやすく、そして、丁寧にお伝えするニュース番組です。月〜金18:15OA

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