
「"頑張れ"は何よりも重い」"絆"の言葉の裏にあった現実… 高校生が詩に込めた本音と今伝えたい願い

シリーズでお伝えしている「東日本大震災15年の物語」。被災地の人々の歩みをお伝えします。
<和田啓記者>
私は大学1年生のときに仙台市内で震災の揺れを実際に体感し、在宅避難も経験しました。被災地で生活する中で心に残っているのが一人の女子高生が書いた「潮の匂いは。」という詩です。
今回、作者本人と直接会うことができました。彼女が15年の月日を経て語ったのは詩に込めた本音、そして、今伝えたい願いです。
日常と乖離した”匂い”

『潮の匂いは世界の終わりを連れてきた。僕の故郷はあの日波にさらわれて、今はもうかつての面影をなくしてしまった。』(「潮の匂いは。」より)
宮城県東松島市出身の片平侑佳さん(31)。
<片平侑佳さん>※自宅跡地 宮城県東松島市野蒜地区
「この辺かな」
Q. ご自宅があった場所ですか?
「はい。今はゴルフ場になっていますね」
当時高校1年生だった片平さんは、海岸から1キロほどの自宅で被災しました。
15年前の3月11日。東松島市には10メートルを超える津波が襲来しました。片平さんは家にいた家族と2階に避難したものの、外はベランダの際まで水位が上昇。流された車やガスの吹き出したプロパンガスなどが水の上を転がっていったといいます。

<片平侑佳さん>
「家の中が足元からくる津波の匂いと一緒にガスの匂いがぶわーっとしてきて。日常生活を営んでいくうえで家の中にないはずの匂いじゃないですか。この違和感」
死を覚悟しながらも九死に一生を得た片平さん。ただ市内では全市民の約3%にあたる1100人以上が亡くなりました。
「うちは全員無事でごめんなさい」

『潮の匂いは友の死を連れてきた。冬の海に身を削がれながら、君は最後に何を思ったのだろう。』(「潮の匂いは。」より)
小中と一緒に過ごした近所の友人とはつまらないことでケンカをしたまま。避難所で手に取った新聞の死亡欄にその子の名前を見つけました。
当時、高校の文芸部の顧問にこぼした言葉があります。
<片平侑佳さん>
「『うちは全員無事でごめんなさい』って言いました。(自分の)家族が無事で良かったなと思うけど、いいのかなって。自分が被災者という顔をして暮らしててよかったのかなってやっぱり思います」
15年抱えてきたうしろめたさのような感情。
「"頑張れ"は何よりも重い」

「2011年の漢字、今筆が入りました」
震災後は「絆」や「がんばろう」という言葉が世の中にあふれ、静岡県からも被災地へ多くのメッセージが送られました。

ところが、被災がれきの受け入れとなると事情は変わりました。
<住民>※2012年 静岡県内
「ゴミより人の命じゃないの?」
「私たち親は命がけで子どもたちを守る覚悟です」
ゴミと呼ばれた被災がれきは、かつては人の生活の一部だったもの。
その受け入れをめぐって全国各地で反対運動が起き、静岡県も例外ではありませんでした。

『"絆"と言いながら、見えない恐怖を僕たちだけで処理するように、遠まわしに言う。"未来"は僕たちには程遠く、"頑張れ"は何よりも重い。』(「潮の匂いは。」より)
片平さんの詩を見た文芸部の顧問からは「むつけてるね」と一言。「むつける」は不機嫌な様子やすねている状態を指す方言です。
誰にぶつけたらいいかわからない怒りを誰かに知ってほしい。詩は落としどころのない感情から生まれたのです。
片平さんの詩は全国大会で入選。ただ、最優秀賞に選ばれた震災詩の内容に割り切れない感情を抱いた。
<片平侑佳さん>
「(最優秀賞の詩は)『被災したけれどこれからは明るく生きていくことが生き残った私たちの使命だ』というような詩だったんです。私、そこまで明るくなれなかった。伝わらないんだと思ったんです。人が死んでて悔しくて悲しくて怒っているのに、それ言っても伝わらないんだと思って。『もういいや』って思って」

賞をとるために書いたものではない。その詩を書いた生徒や評価をした先生たちが悪いわけでもない。でも、伝わらない。そう思って一時期は口を閉ざしてきました。
「どうか生きてほしい」

それでも、感情が詩という形になったことで周囲の変化も感じていました。
「よかったよ」
「書いてくれてありがとう」
そんな被災者からの反応は、詩にしたためた正直な言葉が確かな救いになっていることを示していました。

<片平侑佳さん>
「夏のオリンピックと冬のオリンピックこれが終わった後に始まる...」
<子ども>
「パラリンピック!」
<片平侑佳さん>
「当たり」
片平さんは現在、放課後デイサービスで働いています。教員免許を生かして障害のある子どもたちの成長を見守ります。
<片平侑佳さん>
「きょうおやつ食べられない子がいましたけど、(有事の時に)出された物を食べられなかったら死んじゃいますよね。生きるための営みの一つ。有事ではない今から練習していきたいなと。それを重ねて有事のときに生き延びる子どもになってほしい」
詩に込められた本音が「怒り」や「諦め」だとしたら、片平さんが今まっすぐに伝えたいのは「どうか生きてほしい」という願いです。

<和田啓記者>
片平さんが複雑な感情を一言一言丁寧に紡いでいる姿が印象的でした。片平さんは「自分が生き延びたのは運が良かっただけ」と話しています。
子どもたちには運ではなくて生き残る術(すべ)を身に付けてほしい、走らなくてもいいから一緒に歩みたいと語っています。
(取材:SBS静岡放送 和田啓)

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