2024年12月23日
論説委員しずおか文化談話室

【浜松市秋野不矩美術館の所蔵品展「≪有為転変≫ 変化してやまぬ創造の源Ⅳ ~ 理 ~」 】 美術館設立に合わせて創作した「オリッサの寺院」。御年90歳で描いた横7メートルの作品

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は浜松市天竜区の浜松市秋野不矩美術館 で12月3日に開幕した所蔵品展「≪有為転変≫ 変化してやまぬ創造の源Ⅳ ~ 理 ~」を題材に。
自然光が入る第2室。入って左奥にある「オリッサの寺院」は幅7メートル超の大作である。秋野不矩、1998年の作。同じ年に開館した、自らの作品を集めたこの個人美術館のために描いた。御年90歳。人はこの年まで、創作に身をささげることができるのだ。

床面が正方形の展示室の1辺の壁に「オリッサの寺院」だけが掲げられている。白い壁に横長の画面。壁面の余白も含めて一つの作品のようだ。厚く重ねられた金箔が白の中で際立つ。寺院の塔の下には白く雲のようなものが配置されてて、風の音やにおいを喚起させる。居合わせた鈴木英司館長が教えてくれた。

第1展示室には「オリッサの寺院」の素描が2プラン、掲げられている。今回展でも出品されている「ラージャラーニー寺院」の建物を再構成して「オリッサの寺院」が出来上がっていることが、よく分かる。完成作より、建物がずいぶん混み合っている。不矩はここから「引き算」して画面をこしらえていったのか。

秋野不矩と言えば、インドの風景を題材にした作品のイメージが強いだろう。だが今回の所蔵展を見れば、この作家のモチーフの多様さに気づくはずだ。古面シリーズ(1987年)は天竜区の上阿多古に伝わる国の重要無形民俗文化財「懐山のおくない」で使われる各種の面を描く。紙をすいたのは作家水上勉だそうだ。

雨雲(2000年)は六曲一隻にプラチナ箔を貼った抽象画。実態が判然としない黒の塊が、確かに動いている。「魂」を感じさせる。「柚子」(制作年不詳)「紅梅」(同)といった植物の静物画も生命力あふれる色がいい。

不思議なのは鉛筆の素描「ミルクを飲む子供」(同)。牛乳鉢に唇を付けた子供を描いているが、地の白よりミルクが入っているだろう鉢の中の白が違って見える。優れた美術家の筆力は、こうしたマジックすら生み出すのか。
(は)

<DATA>
■浜松市秋野不矩美術館「≪有為転変≫ 変化してやまぬ創造の源Ⅳ ~ 理 ~」
住所:浜松市天竜区二俣町二俣130 
開館:午前9時半~午後5時
休館日:月曜(月曜が祝日の場合は次の平日)、年末年始(12月29日~2025年1月3日)
観覧料(当日):一般(大学生・専門学校生を含む)310円、高校生150円
会期:2025年1月23日まで

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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