2025年6月19日
論説委員しずおか文化談話室

【浜松市秋野不矩美術館の特別展「京都大原に生きた画仙人 小松均展-自然をまなざす」】2025年の静岡県は日本画大家の個展が大豊作。石崎光瑤、小野竹喬と小松均を「見比べ」

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は浜松市天竜区の浜松市秋野不矩美術館 で6月14 日に開幕した特別展「京都大原に生きた画仙人 小松均展-自然をまなざす」を題材に。

静岡県下では2025年、年初から優れた日本画家の展覧会が立て続けに開かれている。静岡県立美術館で石崎光瑤(1884~1947年)、静岡市美術館で小野竹喬(1889~1979年)ときて、今回は浜松市秋野不矩美術館で小松均(1902~1989年)の作品展である。

小松は石崎や小野の二世代下の画家といえよう。小野の京都市立絵画専門学校時代の同学年だった土田麦僊が小松の師匠、と並べれば分かりやすいかもしれない。主に京都で創作した日本画家(秋野不矩も同様)という点は共通する3人だが、出自や作風は全く異なるのが面白い。

富山出身の石崎は東南アジアの森林に心奪われ、色彩豊かな花鳥画を好んで描いた。岡山出身の小野は西洋近代絵画、特に印象派への憧憬がにじむ風景画を多く残した。

2人の作品と比べると、小松の絵は「日本画らしい日本画」に見える。アトリエと農園を構えた京都・大原の風景や大原女、鯉などの画題がそう思わせるのかもしれない。

足早に全体を眺めた後に、1点1点注意深く鑑賞し、彼の創作態度を記した説明を読む。すると。感想が一変する。もしや石崎、小野以上に革新的で過激な画家ではないのか。

まず、変化を恐れない強さがある。第1室に時系列で並べてある大原の風景を見比べてほしい。写生を重んじ、季節や一日の光の移り変わりに敏感な画家の姿が浮かび上がると同時に、これほど作風を変化させたアーティストもいないのではないか、とおののく。

同じ大原の風景を描いているのに、線の太さ、モチーフの質感が全然違う。昭和10年代の「岩山之月図」は満月が浮かぶ墨一色の作品で、暗がりの中にゴツゴツとした岩肌の線が際立つ。ところが昭和35年頃の「大原風景」は山の木々が太い線で抽象化されている。単純化していると言ってもいい。二つの絵を並べて、同じ画家の手によるものと気付く人は少ないだろう。

小松の絵が醸し出す「どこか危うい感じ」は、もしかしたら彼が終生追求したという「直写法」にあるのかもしれない。小松はスケッチや下絵を作らず、対象と対峙(たいじ)した時の墨線をそのまま残したという。

対象から目をそらさず、筆を動かす。キャプションに「自然から線を引き出す」とあった。「描く対象(自然)と目と手、そして、魂を一致させる」のが直写法だそうだ。一般的な日本画の制作風景を思い浮かべると、ちょっと常軌を逸している。

昭和50年代に富士宮市で描いた「赤富士図」を見ると、彼の考え方が少し分かったような気がする。静岡県民には富士山の山頂付近の形に一定のイメージがあるだろうが、小松の描いた霊峰は3枚それぞれに形が違う。恐らく、手元を見ていないからこういう現象が起こるのだろう。

ただ、だからといって形の崩れたみじめな絵では決してない。むしろ、それぞれに違った「妖気」を放っていて、ちょっと後ずさりしたくなるほどだ。キャプションに「富士を、線を持って、筆でゑぐり取る」という言葉があった。こんなに真っ向から富士山に向かい合った画家はいただろうか。

(は)

<DATA>
■浜松市秋野不矩美術館  特別展「京都大原に生きた画仙人 小松均展-自然をまなざす」
住所:浜松市天竜区二俣町二俣130
開館:午前9時30分~午後5時(月曜休館。休日は開館し翌平日休館)
料金(当日):一般1000円、大学生・高校生・専門学校生500円、70歳以上500円、中学生以下無料、障害者手帳などの所持者と介護者1人無料
会期:7月27日(日)まで

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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