2025年4月5日
論説委員しずおか文化談話室

【島田市博物館の収蔵品展「日本画 郷土の画人-生き物の園」】 前原満夫さんの「寒野梅」を凝視

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は島田市の島田市博物館で4月5日に開幕した収蔵品展「日本画 郷土の画人-生き物の園」を題材に。

江戸時代後期から現代にかけての日本画のあり方を教科書的に解説しつつ、現在の島田市周辺で創作を続けた画家たちの足跡を紹介する。岩絵の具や胡粉(ごふん)、墨などを膠(にかわ)と混ぜて和紙や絹に描く、日本画ならではの技法を説明。明治時代の西洋画の流入を契機に「日本画」という言葉が用いられるようになったいきさつにも言及している。

狩野養信の六曲一隻のびょうぶ絵もあるが、なんといっても地元作家の「系譜」を分かりやすく提示しているのがいい。その一つ一つが興味深い。

江戸で谷文晁に学んだ掛川藩の御用絵師・村松以弘(1772~1839年)が「遠州南画」の基礎を築き、遠江国川崎(現在の牧之原市)出身の平井顕斎(1802~1856年)は以弘に師事した後、江戸に出て文晁や渡辺崋山の門下に入った。

遠江国見附(現在の磐田市)出身の福田半香(1804~1864年)は、顕斎と同じように以弘に師事した後、崋山にもならっている。島田宿が本拠の桑原桂叢(1807~1858年)、飯塚九如(1840~1916年)の師弟関係も語られる。なんとも興味深いこの地域のファミリーツリーである。

個人的に最も引かれた作品は前原満夫さん(1944年~)の「寒野梅」(2003年)。作者のコメントには「谷間の強風が吹き抜ける山道の脇に」たたずんでいた梅の木とのことだが、白い花を付けたその姿は、不自然と言っていいぐらい幹がまっすぐで、それだけが原因ではないだろうが、なにか「妖気」のようなものが漂っている。梅の木の背後の黒をじっと見つめたまま、動けなくなってしまった。

この「背後の黒」はなんとも不思議な色をしていて、ぼんやりとした光源もある。ただ、全体としてその実体がつかめない。作者のコメントから類推すれば、岩肌がむき出しになった「壁」状の面なのだろう。だが、それだけとも思えない。どこまでも広がっていく「暗闇」にも感じられるし、漆黒の大河にも見える。後者の場合。この梅の木は土手から横向きに生えていることになる。

そうしたあいまいさがたくさん残っているのがいい。見る人によって全く違う物語が生まれることだろう。展示室外にあった「草深百合」の明瞭な色合いと絵肌も印象深い。アートに出会う喜びが膨らむ収蔵品展だ。

(は)

<DATA>
■島田市博物館「日本画 郷土の画人-生き物の園」
住所:島田市河原1-5-50(本館)  
開館:午前9時~午後5時
休館日:月曜(祝日の場合は開館し翌平日休館)
観覧料(当日):一般300円、中学生以下無料
会期:6月15日(日)まで

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

おでかけ
エンタメ
島田市

あなたにおすすめの記事

  • 【島田市博物館の「日本グラフィックデザインの曙光 原弘」展】オリンピックに3度関わった男

    【島田市博物館の「日本グラフィックデザインの曙光 原弘」展】オリンピックに3度関わった男

    静岡新聞教育文化部

    #県内アートさんぽ
    #エンタメ
    #おでかけ
    #島田市
  • 【静岡県立美術館の収蔵品展「異国への眼差し」】 伊藤若冲「樹花鳥獣図屏風」 美術館随一のスター「降臨」

    【静岡県立美術館の収蔵品展「異国への眼差し」】 伊藤若冲「樹花鳥獣図屏風」 美術館随一のスター「降臨」

    論説委員しずおか文化談話室

    #おでかけ
    #エンタメ
    #静岡市
  • 【静岡県立美術館収蔵品展「美術館のなかの書くこと」】曽宮一念さんの執念を見た

    【静岡県立美術館収蔵品展「美術館のなかの書くこと」】曽宮一念さんの執念を見た

    静岡新聞教育文化部

    #県内アートさんぽ
    #エンタメ
    #静岡市
  • 【浜松市秋野不矩美術館の「日本画☆動物園」展】 ゾウとダチョウの対比、同じ視界で楽しめる

    【浜松市秋野不矩美術館の「日本画☆動物園」展】 ゾウとダチョウの対比、同じ視界で楽しめる

    論説委員しずおか文化談話室

    #エンタメ
    #おでかけ
    #浜松市
  • 【フェルケール博物館の企画展「掛井五郎の仕事」】 彫刻だけじゃない。油彩画、銅版画、絵巻物…。掛井五郎さんの多面性を堪能

    【フェルケール博物館の企画展「掛井五郎の仕事」】 彫刻だけじゃない。油彩画、銅版画、絵巻物…。掛井五郎さんの多面性を堪能

    論説委員しずおか文化談話室

    #おでかけ
    #エンタメ
    #静岡市
  • ​【静岡県立美術館の「新収蔵品展」】 ヴァンジ彫刻庭園美術館、IZU PHOTO MUSEUMを追憶。

    ​【静岡県立美術館の「新収蔵品展」】 ヴァンジ彫刻庭園美術館、IZU PHOTO MUSEUMを追憶。

    論説委員しずおか文化談話室

    #エンタメ
    #おでかけ
    #静岡市
    #静岡市葵区
    #静岡市駿河区
    #静岡市清水区
    #島田市
    #三島市
    #長泉町
  • 【静岡県立美術館の「新収蔵品展」】 桃源郷への強い憧憬

    【静岡県立美術館の「新収蔵品展」】 桃源郷への強い憧憬

    静岡新聞教育文化部

    #県内アートさんぽ
    #エンタメ
    #おでかけ
    #静岡市
  • 【藤枝市郷土博物館・文学館の「黒井健絵本原画展 ー画業50年のあゆみー】編集者との大切な思い出

    【藤枝市郷土博物館・文学館の「黒井健絵本原画展 ー画業50年のあゆみー】編集者との大切な思い出

    静岡新聞教育文化部

    #県内アートさんぽ
    #エンタメ
    #おでかけ
    #藤枝市
  • 【藤枝市郷土博物館・文学館の「曽宮一念と藤枝静男」展】曽宮一念の好物は浜納豆

    【藤枝市郷土博物館・文学館の「曽宮一念と藤枝静男」展】曽宮一念の好物は浜納豆

    静岡新聞教育文化部

    #県内アートさんぽ
    #エンタメ
    #おでかけ
    #藤枝市
  • 【平塚市美術館の「新収蔵品展」】〝県勢作家〟川村清雄に遭遇

    【平塚市美術館の「新収蔵品展」】〝県勢作家〟川村清雄に遭遇

    静岡新聞教育文化部

    #県内アートさんぽ
    #エンタメ
    #おでかけ