2025年8月20日

【「神奈川大学評論」第109号】絵本・美術評論家中川素子さんが静岡高の先輩、三木卓さんについて書いている

年3回発行の同誌の最新号の特集「仕事」は、映画監督の小栗康平さんと批評家の前田英樹さんの対談を筆頭に、第57次南極地域観測隊調理隊員の渡貫淳子さん、振付師のラッキィ池田さん、講談師の神田山陽さん、医師の香山リカさん、探検家の関野吉晴さん、音楽家の白崎映美さんら、とんでもなく幅広な顔ぶれが原稿を寄せていて、そのどれもが面白い。
その中の一つが絵本・美術評論家の中川素子さんの寄稿で、同じ静岡高卒業生の詩人・作家の三木卓さん(1935~2023年)について書いている。芥川賞に選ばれた「鶸」から、「震える舌」、詩集「東京午前三時」など代表作を挙げた上で、三木さんが翻訳したアーノルド・ノーベル原作の絵本「ふたりはともだち」を、三木さんの発言を交えて分析している。
本論も楽しいのだが、個人的にほほ笑ましく思ったのは、三木さんが静岡新聞の連載「鎌倉だより」で中川さんの著作を取り上げた件に触れていることだ。2007年の「モナ・リザは妊娠中?出産の美術誌」について、三木さんは中川さんの「生命」や「性」への向き合い方について、「あくまでも女性という熱い立場から、実にすこやかで、ひらかれた心で対している」と評していた。
手元のデータベースで当該記事を検索してみた。私は、この2008年1月から2023年11月まで続いた「鎌倉だより」の、最後の4年間の編集担当者なのだ。引用された評論は2009年5月25日付の掲載だった。私の2代前の担当者の頃だ。こんな文章で締めくくられていた。
グッときた。三木さんの「まなざし」を久々に感じた。私は4年間、毎月彼とやりとりをした。ファクスで原稿が送られてくるたびに、電話した。ほぼ全ての時間、とりとめもないおしゃべりに終始したが、この文章にもにじんでいるように、いつも深い洞察と故郷への変わらぬ愛情があった。思い出す。夏休みの駿府城の土手で、カンヴァスを立てて画筆をつかっていた、高校生の素子さんの姿を。つば広の帽子をかぶって一心に絵を描いていたのは、東京芸大を受験するころだったのか。あのときの志が彼女をここまで導いてきた。
それは亡くなる直前まで変わらなかった。「おすもう」と高校野球、お茶とミカンが大好きだった。もし存命なら、今年の甲子園大会について、いろいろ言いたいことがあるだろう。静岡代表のことをいつも気にしていた。
中川さんのエッセーを通じて、三木さんの顔が頭の中で膨らんだ。書き手の力だ。
(は)
静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。