2024年12月1日

【竹内凱子さん作「雨やどり」】 1933年生まれ、静岡市在住の作家が描く、近過去から過去への旅路
「静岡近代文学」や「文芸静岡」などに発表した短編5編を収録。1933年生まれの著者はあとがきで「多分、最後となる小説集を出版するという運びになった」としている。「私にしか書けない戦後のことを」「私の知る限りの歴史的な事実を」小説として書き残す、という自覚をつづっている。
かといって、ここに収録された5編が重々しさに満ちているかといえば、そうではない。親と子、きょうだいや親戚同士、気の置けない友人同士の会話が、作品に鮮やかな色をもたらしている。人と人の縁(えにし、と読みたい)がドラマになる。小説的作為を用いるまでもなく、あらゆる人の「人生」がそもそも「縁」でできている。この小説集はそのことを、諭すように伝えてくる。
山崎豊子「二つの祖国」を思わせる「境界に立つ」が素晴らしい。主な舞台は「M市」とされているが、恐らく三島市だろう。日系2世の鹿之介は1946年に米進駐軍の一員として来日し、1949年までの滞日期間中、いとこたちが住む三島を度々訪れる。40年後の1989年、帰国後は音信が途絶えた鹿之介から突如再来日の連絡が。いとこたちは各地で鹿之介と旧交を温める。
1990年前後という「近過去」と戦後間もなくという「過去」を行ったり来たりする様子を、2024年に読んでいる、という構造そのものが竹内さんのメッセージのように感じる。鹿之介を中心とした国境を越えた「ファミリーツリー」の不思議さ、いとおしさが強く印象に残る。
人づてに知己を増やす。寄り集まって言葉を交わす。食事を共にする。戦後間もなくからずっと続いてきた、人と人の縁のはじまりについて、竹内さんは繰り返し記述する。インターネットがインフラとして根付いた現代社会は、もしやこうした機会を大きく減らしてはいないか。「雨やどり」は、昭和一桁世代が残した、一つの警句かもしれない。(は)
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羽衣出版、1650円
静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。
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