2025年1月28日

【城定秀夫監督「嗤う蟲」】 深川麻衣さんの引きつった笑顔が象徴するもの

イラストレーター長浜杏奈(深川さん)と脱サラして新規就農を志す上杉輝道(若葉さん)の夫婦は、都市部から遠く離れた山中の村で待望の田舎暮らしを始める。リモートで仕事を続ける杏奈。無農薬野菜の生産に取り組む輝道。広々とした古民家でスローライフを満喫する二人だったが、徐々に自治会長(田口トモロヲさん)ら村人たちの干渉がエスカレートしていって…。
閉ざされたムラ社会が内包する同調性が、徐々に狂気をはらんでいく。「ヴィレッジスリラー」という触れ込みにたがわぬ、見えない「鎖」の恐ろしさが存分に伝わる。
生まれたばかりの赤ん坊の大きさ、警察官の格闘の弱さなど、いくつかの突っ込みどころはある。だが映画的文脈がしっかりしていて、ご都合主義が幅をきかせていないので、それが全く気にならない。城定監督の手腕だろう。
狭いコミュニティーに放り込まれた登場人物が意にそぐわない行動を強いられていく、という筋書きは、横溝正史の一連の作品をはじめ、これまで繰り返し使われてきたモチーフ。「嗤う蟲」の独自性は、「田舎暮らしへのうっすらとした憧れ」や「過疎が進むムラの消滅可能性」を持ち込んだ点である。
異常な村人に同化していく夫と、そこに違和を感じる妻、という構図もなかなか「今」っぽい。深川さん演じる杏奈は、「早く赤ちゃんを」と臆面もなく口にする村人男女に、最初から引きつった笑顔で応えている。「まあまあ」「しょうがないじゃん」と、コミュニティーに溶け込むことを優先する夫輝道とは対照的だ。
夫婦のズレはどんどん広がり、意外な結末になだれ込む。伏線回収が見事。異常を「異常」と見抜く感度の高さ、行動する勇気については、結局のところ女性に軍配が上がるのか。男性の一人として、そんなことを考えた。
(は)
<DATA>※県内の上映館。1月27日時点
シネシティザート(静岡市葵区、1月24日~)
シネマサンシャイン沼津(沼津市、1月24日~)
静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。
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