2025年5月19日
論説委員しずおか文化談話室

​【モリイクエさん、巻上公一さん(熱海市)のトークイベント】 小泉八雲にインスパイアされた新作を、八雲ゆかりの焼津市で語った

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は5月17日に焼津市の焼津小泉八雲記念館で開かれた、米ニューヨーク在住の音楽家モリイクエさんと、モリさんと古くから親交がある音楽家・詩人の巻上公一さん(熱海市)の対談イベントをリポートする。(文・写真=論説委員・橋爪充)

モリさんは1977年に米ニューヨークでギタリストのアート・リンゼイらとバンド「DNA」を結成。以後、ソロに転じて打楽器奏者、電子楽器奏者、作曲家として世界中で評価を高めた。今回のトークは、明治時代の作家ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)にインスパイアされて録音したモリさんの新作「オブ・ゴースト・アンド・ゴブリンズ」にちなんだ企画。前日に来日したモリさんは、ラップトップを操作して新作の楽曲や映像を紹介しながら、八雲の魅力を語った。

モリ:母が松江市の出身で、松江のことを調べている内に、小泉八雲や(八雲の妻)セツさんの話に引かれていきました。いろいろ本を読みあさって、バイオグラフィーも読んで、それらにインスパイアされて曲ができた。彼は左目が見えなかったけれど、彼の作品は視覚が限られているからなのか、聴覚をはじめとした五感に訴えかけるものがありますね。どこかで読んだけれど、まさにサウンドスケープにあふれている。

巻上:音に敏感であったと言われていますね。

モリ:自然の音の描写が多いんですね。そこから受け取るものがたくさんあった。彼の文章は優しくて、主観に満ちているところがいいですね。単なる論文的な話じゃないのが面白い。

新作の1曲目「Fragment 」を会場に流し、楽曲のエピソードについて語り合った。この曲は八雲の小説「断片」をモチーフにしている。

モリ:(今年4月に京都で行われた)ディオールのファッションショーで、この曲が突然選ばれて。

巻上:誰が選んだんでしょうね。

モリ:石橋英子さんも使われていて、驚きました。京都で開催したので、日本人(音楽家)ということで、選ばれたのかもしれません。

巻上:イクエさんは(音を全て)お一人でやっていますよね。ぼくがいつも思うのは「音像の魔術師」だと。常に立体的で映像が浮かぶ。今の曲も聴いていてドクロの感じが出ていました。絵が浮かびました。

モリ:八雲の小説から受けた印象が鮮やかだからなんですよね。私は映像のないサウンドトラックを作るのが好きなんです、イマジナリーサウンドトラックと自分で呼んでいるんですが。

続いてはアルバム2曲目「A Passional Karma」について。“元ネタ”は八雲の「悪因縁」である。

モリ:これは(お露と新三郎という男女二人が出てくる)「牡丹灯籠」のお話です。最後に八雲の見解が出ていますが、「お露の愛に報えなかった新三郎は卑怯だ。お露に呪い殺されて当然」と書いている。彼のコメントはいつも面白いんですよ。

3曲目「Lafcadio’s Garden」は特定の八雲作品を参照して作った曲ではないという。

モリ:彼の庭に対する情熱、彼の庭というイメージで作った曲です。

巻上:ハーンの庭、すごいですね。夢野久作の「ドグラマグラ」の世界にいるような。ハエが脳の中を飛び回っている感じ。強烈な世界が展開されている。

モリさんの創作の手さばきについても話が及んだ。

巻上:ラップトップを手に入れたことで、オリジナルな世界を作るようになりましたね。

モリ:それに加えて今回、新しいシンセサイザーを買ったんですよ。小さいんだけどね。

巻上:確かに、今回音がちょっと違うと思いました。

モリ:前はプログラミングしていましたが、シンセを手に入れたので直接弾いています。メロディーがバンバン出てくる。本当に幽霊の出そうな音もいっぱいあった。だから今回は早く完成したんですね。3カ月ぐらいかな。こんなに早くできたアルバムは、これまでにないです。

巻上:イクエさんは次々作品を作っている。いろんなものにインスパイアされて、自分の音楽に落とし込んでいますね。

モリ:巻上さんもそうでしょ?

巻上:ニューヨークにいるっていうのも、(作品を作り続けられる理由として)あるんでしょうね。

モリ:ミュージシャンには事欠きませんからね。友達関係で参加したりが多い。アクティブなシーンがもう3世代続いているんです。私の世代のミュージシャンが先生になって、その生徒たちが昔の曲に触発されて、インプロバイザーになったり作曲で活動している。それが続いている。すごいと思いますよ。

巻上:他にないですよね

モリ:多様性に満ちていますね。老いも若きも一緒にやっている。

巻上:イクエさんの音楽にはパーカッシブなニュアンスがある。それはドラマーだったからですか? リズムボックスを3台使って、さまざまな演奏をやっていたのを思い出します。

モリ:確かに、気持ち的にはいまだにパーカッショニストというのがありますね。

対話の中では、かつてモリさんが夭折したSF作家の鈴木いづみを主題に音楽を作ったという話題も出た。鈴木は伊東市出身である。ニューヨークのモリさんが、熱海市の巻上さんを前に、焼津市で伊東市出身の作家について語る時間。いっとき、静岡が世界に開かれたように感じられた。

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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