2026年1月29日

【ピーター・トライアスさんの短編小説「静岡の夢」】人気SF作家が静岡滞在をベースに書いた短編小説。現実と非現実のあわいを行き来
(文/論説委員・橋爪充)

SF小説「メカ・サムライ・エンパイア」「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 」などで知られピーター・トライアスさんは昨年1月、静岡市にやってきて、静岡英和学院大(同市駿河区)で講義を行った。
「静岡の夢」はその時に自身が見聞きしたものを、私小説のような書きぶりで作品化したものだ。とてもリアルで、実在する固有名詞も出てくるが、ノンフィクションではない。物語の全体に白いもやのようなものが立ちこめていて、現実と非現実を分かつ線が見えたり見えなかったりする。そんな読後感がある。
主人公の映像作家は7年ぶりに静岡を訪れる。彼は大学でメディア論を教える「一郎」の招きで、来日した。大学、というのは「英和学院大」である。映像作家はここで特別授業をするのだ。コロナ禍を経て、映像作家の身辺にも変化があった。静岡にも同行したパートナーは去ってしまった。
授業の前夜、一郎は映像作家を静岡の夜の町に誘い出す。映像作家は「静岡にも独特の“静かな”熱気が存在する。隠されたエネルギーから生じる熱が」と感じる。「もう一月なのに、静岡の繁華街にはクリスマスのイルミネーション」「何千人もの人々が目に見えぬゴールへと進んでいくのを見る」
静岡駅前の繁華街、通称「おまち」がこんなふうに見えているんだ、という新鮮な驚きを得た。
映像作家は街を、人をよく観察している。「おまち」の描写、電車の乗客の描写。何かを読み取ろうとする姿勢に「作家」がにじみ出る。ネクタイを緩め、座席で文庫本を読む老人には「過去のことも未来のことも考えてはいないのだろう」と辛辣である。
この作品には静岡の二泊三日がある。ただ、本当にあったことかどうかは定かではない。小説は「夢は終わったのだ」と締めくくられる。書き手のトライアスさんが静岡で過ごした時間を総括するとそういう言葉になるのだろう。
作中にある、主人公の映像作家が7年前にパートナーと交わした言葉が心に残る。「タリアが静岡のことをとても気に入っていたことを思い出す。引っ越しちゃおうか、とまで話していたりした」
私たちが住む静岡は、こうした会話がなされるほどにはいいところらしい。「誇り」という言葉は使いたくないが、やはり、ちょっと、うれしい。
静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。
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