2025年7月27日

【静岡県立大夏季特別講義「〈書く〉視点で楽しむ物語」】静岡市出身の作家実石沙枝子さんが小説家の手の内を「これでもか」とばかりに明かす

実石さんは2022年に「きみが忘れた世界のおわり」でデビュー以降、順次発刊した4冊の単著のクオリティーがいずれも前作を更新し続けている。2025年は5月に「扇谷家の不思議な家じまい」(双葉社)、6月に「踊れ、かっぽれ」(祥伝社)を出していて、9月にも「ルッキズムをテーマにした」(本人談)新刊が出るようだ。
急激な成長カーブを描くこの作家の、筆力向上はどうやってもたらされたのか。それを知りたくて特別講座に足を運んだ。企画したのは国際関係学部教授の細川光洋学部長である。

質疑応答を除いた約70分、実石さんは「これでもか」とばかりに手の内を明かし続けた。「ここまで言ってもいいのだろうか」と心配になるほどだった。ただ実石さんの小説を全て読んだ者にとっては、作家が自著を分解してその構造を本人が解説するという、またとない機会になったことは間違いない。腕利きの医師が解剖実験の解説をしているような趣だった。
物語の「3幕構成」の組み立て方、作中における情報開示の順という二つの技巧について、枝葉末節まで細かく解説した。特に興味深かったのは、読み手を物語を「離脱させないため」にあえてつくり出す「爆」という概念だった。
「簡単にできたら苦労しない」という「爆」は物語中に2回必要だという。1回目の「爆」は「主人公が仕事で成功する」「主人公が試合でボロ負けする」「主人公がやばい秘密を知る」などだが、どんなエピソードでも良いわけではなく、実石さんなりに条件付けがある。
さらに難しいのは2回目の「爆」で、実石さんは「ここが1回目より下がるとお客さんは離脱する」と自分で自分に言い聞かせているという。ここで重要なのは「主人公を追い詰めること」であり、ここで非情になりきれるかが、クライマックスの盛り上がりに大きく関わるそうだ。

「私(作家)がたいへんになる展開にして、あえてハードルを上げる」「作者が頭を使って、悩んで、ヒーヒー言った分だけ読者は楽しめる」「自分が書きやすい展開にして気分がいいだけでは、(作品として)絶対に面白くならない」。「爆」の重要性を語る言葉に力が入った。なんとストイックな。
物語上の主人公を追い詰めれば追い詰めるほど、その作家自身が最終的に追い詰められる。このジレンマ。それでも結末のためにはやるしかない。作家の壮絶な決意を垣間見た。
(は)
静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。
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