2026年2月24日
トロライターズ

小笠原諸島・父島で静岡県民のソウルフード「黒はんぺん」が食べられる!? 1000km離れた静岡と小笠原の意外な関係とは?

小笠原のスーパーに並んでいた黒はんぺん


2026年2月、今年、世界自然遺産登録から15周年という節目を迎える東京都・小笠原諸島を訪れた。一度も大陸と陸続きになったことがない海洋島であるこの島々には、独自の進化を遂げた動植物が息づき、「東洋のガラパゴス」などとも称される。“ボニンブルー”と表現される深く透き通った海、今もなお生々しく残る先の大戦の戦跡、そしてウミガメ料理や島寿司といった独自の食文化など、日常から隔絶されたこの別世界は、訪れる者を魅了してやまない。

ただ、訪問のハードルは決して低くない。東京都心からは南南東へ直線距離で約1000km。アクセス手段は、東京・竹芝桟橋から24時間を要する定期船「おがさわら丸」のみで、多客期を除けば基本は6日に1便という運航体制だ。

交通手段が船のみの島としては実は訪問しやすい!?

中央山展望台から父島の中心部・大村地区を望む


一方で、離島巡りを趣味とする身からすれば、小笠原は、実は意外な安心感がある島でもある。離島旅では、定期船の出港地に前日入りしたものの、当日になって欠航が決まり、島を目前に涙を呑むというケースは珍しくない。私自身、休暇をとって鹿児島や沖縄まで赴きながら、船が出ずに未だ上陸できていない離島がいくつもある。さらに恐ろしいのは、島に渡れても戻りの船が出ないという事態だが、その点、東京ー父島を結ぶ「おがさわら丸」は外洋を航行する航路としては欠航率が極めて低い。乗船券と宿さえ確保できれば、比較的計画が立てやすく、安心して訪問日当日を迎えることのできる離島だと言える。

海が荒れて離島航路の就航率が下がる冬場でも、低いリスクで訪れることができる小笠原は、ちょうど今、ホエールウォッチングのシーズンでもあり、この時期こそ貴重な南方の離島と言えるだろう。また、竹芝桟橋の出港時刻は午前11時となっており、静岡からであれば、当日朝に新幹線で出発しても十分に間に合うというアクセスの良さは、静岡県民にとっては心強いポイントだ。

静岡県との関わりについて聞き込み

この時期の小笠原の周辺海域にはクジラの姿が


国内の有人離島を踏破すべく各地を回っているので、未踏であった小笠原諸島に順番が回って来たというだけではあったのだが、訪問をただの観光で終わらせるつもりはなかった。メディアに携わる人間として、新たな切り口で島の魅力を発信し、静岡に資する独自の視点を提示したい。そんな想いを胸に、事前にインターネットで調査したり、関係機関に問い合わせたりしたのだが、期待していたような静岡との接点はなかなか見つからなかった。結局、具体的な手がかりを得られぬまま、現地で足を使ってその繋がりを探すことにした。

父島に下り立ち、観光がてらに赴いた場所で、島民の方に話を伺っていると、驚くほど早くその瞬間は訪れた。初日にお会いした女性の方が、以前静岡県に住んでいたという。さらにその方から「父島のスーパーには『黒はんぺん』が並んでいる」という、にわかには信じがたい情報を耳にした。焼津の名産品として知られる「黒はんぺん」は、静岡県から離れた地域のスーパーで見かけることは稀であるし、賞味期限も決して長くはない水産加工品だ。半信半疑のまま、夕方、集落の中心部にあるスーパーへと向かった。

島民で賑わうスーパーに「黒はんぺん」が!

おがさわら丸が入港した日、多くの客で賑わう「B.I.T.C 小笠原生協」


飲食店や土産物店が軒を連ねる父島の目抜き通り「湾岸通り」。そこにあるスーパー「B.I.T.C 小笠原生協」に足を踏み入れると、人口2,000人程の離島とは思えないほどの賑わいに目を疑った。6日に1度の定期船「おがさわら丸」は、旅客だけでなく、島民の命を繋ぐ生活物資も運んでくる。入港日の午後は、棚が最も潤うタイミングであるため、食料品を求める島民で店内がごった返すのは、この島ならではの光景なのだ。

島民で溢れる店内でチルド売場を覗くと、噂に聞いていた「黒はんぺん」が確かに並んでいる。なぜ、遠く離れたこの地に静岡県民のソウルフードがあるのか?すぐにでもその謎を解き明かしたかったが、店は6日に1回の繁忙期。日を改めて店に取材を申し込むことにした。

「黒はんぺん」は静岡出身者からの要望で仕入れ

入港日の翌朝に確認すると「黒はんぺん」は売り切れていた


翌日、改めて店舗のスタッフに取材の相談をしたところ、事情に詳しい関係者の方からお話を伺うことができた。それによると、小笠原には静岡県出身者が多く居住しており、彼ら利用者(本店は生協のため“組合員”)から「黒はんぺんを仕入れてほしい」という要望が寄せられたことが、取り扱いのきっかけだという。故郷の味を求める声が、海を越えて静岡の特産品をこの地に呼び寄せたのである。「湾岸通り」にはもう一軒スーパーがあるが、そちらではさらに古くから黒はんぺんを扱っているそうだ。

スーパーだけでなく父島の居酒屋でも、黒はんぺんがメニューに出されていることが確認できた。人気店らしく、連日満席で入店することは叶わなかったが、島民の話ではこの店の店主もまた静岡県の出身であるという。もちろん仕入れ状況には左右されるのだろうが、スーパーでも飲食店でも「黒はんぺん」が扱われている場所が、静岡県外にあるだけでも稀有なことなのに、それが静岡から陸路と船で丸一日を要する小笠原諸島にあるのだから、驚きである。

母島にはかつて「遠州町」なる地名も

母島の集落に掲げられているかつての町名「遠州町」


静岡の関係者が多く住んでいる背景だが、もともと小笠原は、静岡県からの入植者が多かったという。父島からさらに50㎞ほど南に浮かぶ小笠原諸島のもう1つの有人島、母島も訪ねたが、集落を歩いているとかつて「遠州町」という地名があったことを示す碑に遭遇した。碑文には「静岡県から入植した開拓者が特に多かったことからこう呼ばれた。カツオブシやクサヤの工場があった」と記されていた。

静岡県からの入植者数を示す具体的な統計資料は見当たらなかったが、島の方々からは、静岡にゆかりがある人がたくさんいるという話を多く耳にした。かつての町名にその名が刻まれている事実を鑑みても、静岡とは浅からぬ縁があることは、間違いないようだ。また、入植者が多かったことに関連しているだけかもしれないが、小笠原村発行の『小笠原諸島強制疎開から50年記録誌』に目を通すと、島民への聞き取り調査における太平洋戦争時の疎開先の住所には、静岡県の名が顕著に見て取れた。

小笠原の玄関口には「下田市」の名が

二見港近くにある「ペリー提督来航記念碑」


まさか、直線距離にして、焼津市から北海道札幌市ほども離れた地で、「黒はんぺん」に出会うとは思いもしなかったし、事前のリサーチでは、その背景となっている静岡ゆかりの島民が多いという事実も掴めていなかった。現地へ足を運び、直接話を聞いてこそ得られる情報の重みを再確認させられる。

静岡県に関わりのあるものは食文化だけではなかった。定期船が発着する二見港の近くには、下田市の名称と市章が刻まれた「ペリー提督来航記念碑」が据えられていた。ペリーと言えば、教科書では「黒船来航=浦賀」の印象が強いが、浦賀に入港する1か月前ほどに小笠原へ滞在し、土地を購入するなどした歴史を持つ。小笠原村の発行している「村民だより」のバックナンバーを調べると、このモニュメントは、1996年5月に、ペリーの出身地である米国のニューポート市のほか、国内の寄港地である神奈川県横須賀市や北海道函館市、下田市などの関係都市が一堂に会して開催された「ペリー提督関係都市国際交流イベント」を機に設置されたものであることが分かった。当時の下田市の助役が、イベントに出席していたようだ。

今も続く静岡と小笠原の交流

ペリーも滞在したとされる父島・二見港付近。焼津水産高校の実習船も寄港する。


また、静岡県立焼津水産高校は、実習船「やいづ」による実習を定期的に小笠原で行っている。島民に静岡との関わりを尋ねると、しばしばこの実習船の話も挙がったので、静岡を感じさせる光景として、島民にはある程度認知されているようだ。

思いがけない場所で、自分の出身地や居住地との繋がりが見えてくると、その土地への見方が深まり、より愛着が持てるものである。こうした視点を持って旅に出るのも、一興ではないだろうか。来年度も休暇を利用して南方の離島へ赴くつもりだが、果たして次なる目的地には、どのような「静岡」との縁が眠っているのか。今から楽しみでならない。

(文・写真:天野大輔)

静岡新聞SBS有志による、”完全個人発信型コンテンツ”。既存の新聞・テレビ・ラジオでは報道しないネタから、偏愛する◯◯の話まで、ノンジャンルで取り上げます。読んでおくと、いつか何かの役に立つ……かも、しれません。お暇つぶしにどうぞ!

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