2025年1月15日

【第172回直木賞候補作品から③ 月村了衛さん「虚の伽藍」】 例えて言うなら富士急ハイランド「FUJIYAMA」

2010年に「機龍警察」で小説家デビュー。日本SF大賞、大藪春彦賞、日本推理作家協会賞など数々の受賞歴がある月村さん。2023年には「香港警察東京分室」が第169回直木賞候補になっている。
「虚の伽藍」を例えるなら、山梨県の遊園地「富士急ハイランド」のジェットコースター「FUJIYAMA」のスタート部分である。「キング・オブ・コースター」を自称するFUJIYAMAは、車体がじりじりと地表から79メートルの高さまで持ち上げられ、そこから地面ぎりぎりまで急降下する。
2部構成の小説の第1部、第2部はそのままジェットコースターのアップ、ダウン部分に例えられるだろう。その「落差」、そして落ちるスピードはめまいがするほどだ。
主人公は伝統仏教の最大宗派・錦応山燈念寺派の宗務庁に勤める、若き僧侶志方凌玄。実家は滋賀県にある同派の末寺で、寺格は著しく低い。第1部はそんな凌玄の「成り上がり物語」と言っていいだろう。欲にまみれた幹部の不正を白日にさらし、出世を繰り返す凌玄。
「仏教で人を救う」「社会をちょっとでもええもんにする」との理想に燃え、「僧兵」に見立てたヤクザと手を取り合って、権謀渦巻く宗務庁で生き残っていく。友に恵まれ、才能を認められ、寺格の高い寺院の娘と結婚する。絵に描いたようなヒーロー譚である。
ところが、第2部の凌玄は一気に「落ちる」。いや、「堕ちる」。ミイラ取りがミイラになるとはこのことだ。修羅の道を行く凌玄。相次ぐ裏切り。人々がどんどん「鬼」になっていく。
ジェットコースターであれば地表まで下ってから上昇に転じるが、この作品は暗い地下をどこまでも行く。ラストに向かって角度が急になっている。落ちるスピードが加速する。動悸が収まらないまま、最後の1行を読み終える。絶叫マシンのような読後感だ。
(は)
静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。
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