2026年3月3日

【実石沙枝子さんの新刊「はるを呼ぶ」(ポプラ社)】ファンタジー要素を振りかけたヤングケアラー小説。物語にしのばせた、確かなアンチテーゼ
(文/論説委員・橋爪充 写真/写真部・久保田竜平)

2025年12月の第13回静岡書店大賞で「扇谷家の不思議な家じまい」(双葉社)が小説部門、「踊れ、かっぽれ」(祥伝社文庫)が映像化したい文庫部門でそれぞれ大賞に選出された実石沙枝子さんの、最新刊である。
受賞2作の後に出た「マッドのイカれた青春」(祥伝社)に続く通算7冊目の単著は女子高校生のヤングケアラーを主人公にしている。実石さんの作品はそれぞれにファンタジー要素の多い少ないがあるが、この作品は「かなりある」と言っていいだろう。
「マッド―」「かっぽれ」ではほぼゼロだった。それが復活している。ただ、「扇谷家―」ほど多くはない。このあたりのさじ加減は、今後も拡張していくだろう著作リストを分析する上で、なかなか大事な指標になるのではないか。
恐らく、ご本人の根っこにある資質はこうした超現実的な設定や展開を書かせようとするのだろう。ただ、それを時に封印する気概を持ち合わせているのが、作家実石沙枝子の矜持でもある。今回はどちらかというと「現実縛りの国」から、川を渡って「ファンタジーの国」に一歩上陸した、というぐらいのあんばいである。ただし、国の奥深くまで分け入ってはいない。川の岸辺あたりで完結させている。
筆者は小説家でも作家でもないが、少し考えれば分かる。ファンタジーの国に到着したなら、どんどん奥地まで踏み込んでいった方が、世界を作りやすい。「現実縛りの国」がすぐ向こうに見えている地点で物語を作るのは、なかなかしんどいはずだ。「突っ込みどころ」を残すリスクがあるから。
抽象的なことばかり書いているが、「はるを呼ぶ」はその難しい作業をあえて実践している。10年前、姉が神隠しに遭っていなくなり、それきり会えていない高校3年生の晴奈。ある日突然、海沿いの道にある無人の公衆電話が鳴り出す。受話器を取ると、聞こえてくるのは姉の声。さて。
こうした超現実的設定と並列的に置かれるのは、長女の失踪を機に自分も家を出た父親だったり、精神的に不安定な母親だったり、狭い町の中で「村八分」状態に追いやられた家族だったりする。悲惨エピソード満載の箱庭。そんな物語が、公衆電話から聞こえる姉の声をきっかけに、だんだん色彩を帯びていく。このグラデーションが美しい。
もう一つの美点は、主人公が無駄に泣かないことである。ある種のコンテンツで多用される「涙の総量が満足度に直結する」というベルトコンベアー式の話の運びにうんざりしている立場としては、胸のすく思いだ。実石さんは恐らく意識して書いている。穏やかな日常を取り戻したい女子高校生の物語に、アンチテーゼをしのばせているのだ。…とするのは深読みしすぎか。
静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。
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