2026年3月18日
しずおか文化談話室

​【東京オペラシティ アートギャラリーの企画展「アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち」】選択権はあった。だが手放してしまった

静岡県のアートやカルチャーに関するコラム。今回は3月29日まで東京都新宿区の東京オペラシティ アートギャラリーで開かれている企画展「アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち」を題材に。3月2日付静岡新聞で美術評論家の村上由鶴さんが紹介した。
(文・写真/論説委員・橋爪充) 

アルフレド・ジャーは1956年、チリ生まれ。建築と映像制作を学び、1982年から米ニューヨークを拠点として活動するアーティストだ。世界各地の出来事や問題点を、立体や写真、映像などさまざまなメディアを通じて作品化する。2018年に「美術の分野で人類の平和に貢献した作家」を顕彰するヒロシマ賞の第11回受賞者に選ばれ、2023年には広島市現代美術館で受賞記念展が開催された。今回展は日本で2回目の個展となる。

展覧会は五つの部屋で構成され、第1室では1973年9月11日のチリ軍事クーデターを経て、ピノチェト独裁政権から逃れるようにして米国に移るジャーの、足跡をたどるかのような作品群を見せる。「1973年9月11日(黒)」は、一見するとただのカレンダーだが、よく見ると9月11日以降の日付が全て「11」になっている。全てを同じトーンに塗りつぶす「独裁記念日」が永遠に続くことを暗示させる。

この悪夢めいたイメージは、その後の4室の展示の見え方を変容させる。1980年代のブラジル北東部の金鉱作業員たちを捉えた写真を素材にした第2室の作品群、1990年代のユーゴスラビア内戦をテーマにした第3室のインスタレーションは、抑圧的なシステムを甘受せざるを得ない民衆の、「永遠に続くかもしれない」という絶望が伝わる。どちらも「民衆の側に選択権があったのだが、その時期は過ぎてしまった」という、どうしようもない現実が背後に横たわる。第1室のイメージがこれを増幅させる。

圧巻なのは第5室。「明日は明日の陽が昇る」(2025年)は床に置かれた日の丸の上から、天井からつられた星条旗が見下ろす。どちらもライトボックスから放たれる光が絵柄を強く認識させる。上下の空間に、得も言われぬ緊張感が走る。走っているように見える。それはまさに、2026年3月のホルムズ海峡に関する日米のニュースを浴びているからこそ生まれるものだろう。ここにも「選択権を手放してしまったのではないか」という悲しみが漂う。

続く「ヒロシマ、ヒロシマ」(2023年)は広島市の市街地の空をゆっくり動くカメラが徐々に原爆ドームの真上に降下していく映像が続く。上空からの原爆ドームの像が突然、馬車の車輪のように回り出し、スクリーンが巻き上げられるとそこには18機の産業用送風機があって、室内に風を送り込む。

静岡新聞紙上の展評で村上さんが述べていたように、美術展の常識から外れていると言っていいほどの強い風が吹き付ける。観客は決してこんなものではないだろう、爆風を頭に描く。そして「どうしてここに至ってしまったのか」をいや応なしに考える。

やはり、「選択の機会」は当時もあったのだ。戦争の悲劇は、事が起こるはるか前の段階で「選択の機会」を手放してしまったことによるのではないか。うっすらとした思いが確信に変わった展示だった。


<DATA>
■東京オペラシティ アートギャラリー「アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち」
住所:東京都新宿区西新宿3-20-2 東京オペラシティタワー3F 
開館:午前11時~午後7時(月曜休館)
観覧料(当日):一般1600円、大学生・高校生1000円、中学生以下無料
会期:3月29日(日)まで

静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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