2025年12月20日
しずおか文化談話室

【文芸誌「漣」13号】 創作だからこそ語れる真実。河原治夫さん「群青」

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は奥付記載が2025年11月20日発行の文芸誌「漣」13号を題材に。書き手は井石誠一さん(静岡市)、田中芳子さん(同)、河原治夫さん(同)らで、表紙・カットは画家松井正之さん(同)。

年1回の発行が続く「漣」の最新号が届いた。美濃和哥さん(川崎市)の軽妙な短歌(スナック「バロン」や王谷晶、金原ひとみが出てくる!)で幕を開け、山本恵一郎さん(静岡市)の、下田を舞台にしたフィクションとドキュメンタリーのあわいを行くような文章が続く。

小説では今号からメンバーに加わった岡文子さん(同)の「ご縁」がいい。長年勤めた食品会社を発作的に辞めた40代半ばの独身女性が、安アパートで人生のリセットを図る。サミュエル・ウルマンを知り、詩作をたしなむ80代女性の山城さんや、どうやら水商売に従事している西脇さんら、同じアパートの住人とのちょっとしたやりとりを、淡々とした筆致でつづる。アパートの住人相互の関係が徐々にほどけ、緩やかになっていく。その過程が日なたの暖かさを感じさせる。

河原さん「群青」は主人公のいとこの長男の自死を巡る物語。能登半島の地震と豪雨を下敷きに、被害を受けた事業者と側面支援する金融機関の担当者のやりとりは、リアリティーに満ちていた。1月の地震で崩壊した温泉宿が、融資を受けて再スタートを切った直後に、豪雨で再び奈落に突き落とされる。そうしたくだりは、私たちが普段ニュース記事で接している「被害情報」とは異なる「それぞれの物語」として伝わってくる。創作だからこそ語れる真実があることを、思い知らされた。

河原さんはコラム「AIが隣の席に」で第173回芥川賞・直木賞で27年ぶりに「該当作なし」だったことに触れている。書店の減少に触れた後、「それを助けてやるべき同業者が、一番本屋の稼ぎ時、稼ぎ頭の二冊の本を奪い取るのだから何をか言わんやである」と憤る。わが意を得たりの思いだった。

(は)

 

静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

エンタメ
暮らし
静岡市
静岡市葵区
静岡市駿河区
静岡市清水区

あなたにおすすめの記事

  • ​【文芸誌「漣」12号】 山本恵一郎さん、最後の「小川国夫論」

    ​【文芸誌「漣」12号】 山本恵一郎さん、最後の「小川国夫論」

    しずおか文化談話室

    #暮らし
    #エンタメ
    #本・書店
    #静岡市
    #島田市
    #藤枝市
  • 【文芸誌「漣」11号】虚実皮膜のあわいに漂う

    【文芸誌「漣」11号】虚実皮膜のあわいに漂う

    静岡新聞教育文化部

    #県内アートさんぽ
    #エンタメ
  • 【「文芸富士」第2号】 地方都市の文芸を支える尊い活動

    【「文芸富士」第2号】 地方都市の文芸を支える尊い活動

    しずおか文化談話室

    #エンタメ
    #暮らし
    #本・書店
    #浜松市
    #静岡市
    #富士宮市
    #富士市
  • ​【「文芸静岡」第94号】 若い世代の作品、積極登用

    ​【「文芸静岡」第94号】 若い世代の作品、積極登用

    しずおか文化談話室

    #暮らし
    #エンタメ
    #静岡市
  • ​【「神奈川大学評論」第109号】絵本・美術評論家中川素子さんが静岡高の先輩、三木卓さんについて書いている

    ​【「神奈川大学評論」第109号】絵本・美術評論家中川素子さんが静岡高の先輩、三木卓さんについて書いている

    しずおか文化談話室

    #エンタメ
    #暮らし
    #県外
    #静岡市
    #静岡市葵区
  • 【マガジンハウスの「文芸ブルータス2025夏」】 13年ぶり復刊、小説界の「オムニバス」。宇佐見りんさん(沼津市出身)のソリッドな文章に心をつかまれた

    【マガジンハウスの「文芸ブルータス2025夏」】 13年ぶり復刊、小説界の「オムニバス」。宇佐見りんさん(沼津市出身)のソリッドな文章に心をつかまれた

    しずおか文化談話室

    #エンタメ
    #暮らし
    #沼津市
  • 【「大岡信研究」第10号】 四元康祐さんの世界各国連詩体験

    【「大岡信研究」第10号】 四元康祐さんの世界各国連詩体験

    しずおか文化談話室

    #エンタメ
    #本・書店
    #暮らし
    #静岡市
    #三島市
    #裾野市
  • 【「季刊清水」56号】村松友視さん「ゆれる階」を出発点に

    【「季刊清水」56号】村松友視さん「ゆれる階」を出発点に

    静岡新聞教育文化部

    #県内アートさんぽ
    #エンタメ
  • 【静岡近代文学研究会発行「静岡近代文学40」 】 「坂」をテーマに同人6人が掌編「コラージュ」。山本恵一郎さんの小説が呼応

    【静岡近代文学研究会発行「静岡近代文学40」 】 「坂」をテーマに同人6人が掌編「コラージュ」。山本恵一郎さんの小説が呼応

    しずおか文化談話室

    #エンタメ
    #暮らし
  • 清水エスパルスの広報担当、河原直緒さんの愛称が決まりました!「かわちゃん」or「母ちゃん」で!

    清水エスパルスの広報担当、河原直緒さんの愛称が決まりました!「かわちゃん」or「母ちゃん」で!

    SBSラジオ FooTALK!

    #サッカー
    #スポーツ
    #清水エスパルス
    #静岡市